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金銀童話・王の金糸雀(二部) 6 

丘陵を駆け抜け、荒れた地を北へと馬車は休むことなく走った。
時折、窓から覗く景色の中に恐ろしい姿を見つけて、ミケーレは戦慄した。
遠くにいても噂に聞いていたが、実際に槍に突き刺され晒された人の姿が、車窓から流れて行く。
街道はどこまでも、死体が放つ腐臭に覆われていた。

「あれは、そなたに覚えのある、湖の城の役人達ではないかな?」
「馬車の窓から、よくご覧。おまえの知っている顔があるだろうか?」

優しげな王さまの口が紡ぐ恐ろしい言葉は、ミケーレの知るものではなかった。
朽ちるまで晒された遺体は、風にあおられてどさりと落ちたり、烏の餌になったりするのだよ・・・と、ミケーレの頬を胸に寄せ、髪を優しく撫でながら王さまは囁くのだった。
王さまに抱かれて、発する言葉を失ったままじっと恐怖の中、ミケーレは肌を泡立てながら身を硬くしていた。

幸い、馬車は止まる事無く、恐ろしい姿は飛ぶように緑の森の城へと駆けて行く。
今は「黒い森の城」と人が言うように、頭上にはおびただしい烏の群れが死肉を求めて、旋回していた。

マントの中で震えるミケーレの顔を覗き込み、王さまが小さな声で言いました。

「・・・何故、こんな近くまで来たのだ。」
「せっかく逃れられたのに・・・愚かな金糸雀(カナリア)。」
「なんのために、これまで捜さずにいたと思うのだ。」

その瞳は柔らかな光を湛え、静かで悲しそうだった。
ミケーレはその言葉に、王さまが実は何もおかしくなってなどいないと確信していた。
だとしたら、何故・・・?
あの夥しい屍は、誰が・・・?

その問いを口にする前に、王さまが言いました。

「后は、アレッシオを失って以来、重い月光病(精神病)に罹り、今や血を見ずには夜も明けぬ。」

お妃さまは、弟殿下の死からまだ立ち直っていないのだと王さまは、語った。
「気が済めば良いと思って、即刻、復讐の行軍を許した余が浅はかであった・・・」

お后さまの怒りに呼応して、すぐに湖の国に進軍し、勝利を収めた緑の森の国だったが、そこからすべては変わってしまったのだと言う。
今や、各国に恐れられる、血に飢えた魔王と魔女と呼ばれ、以前統治していた豊かな国は、見る影もなかった。

黒い森の国の話は、今や、言いつけを守らない子供を黙らせるのに、十分恐怖を与えるほどだった。
夜、就寝前に中々ベッドに入らない子どもに、母親はそっと耳打ちするのだった。

「もうすぐ、黒い森の魔王がやってくるよ。」
「お前を槍に突き刺して、街道に立てておくよ。」
と・・・。
それを聞いた子供達は、大急ぎで寝台にもぐり込むのだった。

「多くの湖の民には、気の毒なことをしてしまった。」

罪のない領民が殺戮の軍隊の餌食となり、焔に呑まれていった話は、ミケーレも遠く音楽学院の中にいながら噂で聞いていた。

「それも・・・元はといえば、湖の愚かな王の所業です。」
「禍の種はすべて、愚かな王が蒔いたのです。」

王さまは、ますますミケーレを強く抱きしめた。

「余は、焼き払われた村を通りかかったとき、黒焦げの赤子を抱いた女を見た。」
「女は、泣きながら歌っていた・・・今日、お前が弔いで歌った嘆きの聖母の歌を・・・。」
「悲しみの中で最愛のわが子をおくる母親を見たとき、余は何故、復讐に軍を率いるのではなく、后と共にアレッシオを涙で送ってやらなかったかと後悔したのだ。」

王さまの頬に流れる清らかな滴を、ミケーレはじっと見つめていた。
馬車はいつしか領地へと入り、黒い森に烏の影が奇声を上げて群れ飛ぶのが見えた。

「頼む・・・金糸雀の天使の歌声で、后を救ってやってくれ。」
「王さま・・・。」
荒れる心のままに、銀の髪を切り取ったお后さまに、自分の歌を聞く余裕がおありだろうかと、ミケーレは自分の内に問いかけていた。
遠くに錆色の、お城のシルエットが浮かんでいる。

悲しみのあまり心を閉ざしてしまった黒衣の貴婦人の、頑なな胸に響く歌が歌えるなら、少しでもご恩返しが出来るのではないかと思った。
それほどの愛情を受ける弟殿下アレッシオさまが、今は家族もない一人ぼっちのミケーレには羨ましくもあった。

「王さま・・・わたくしの声は、お后さまに届くでしょうか・・・?」
「分からぬ。だが、もう万策は尽きている。」

いつかのようにお命じ下さい、とミケーレは跪く(ひざまづく)と指を組んだ。
王さまは剣を抜き、臣下の礼をとったミケーレの肩に触れて、正式の命令を告げた。

「余が命じる。歌え、金糸雀。」
「余と、后のために。」
「はい。王さま。わたくしの声の続く限り。

********

こうして、ミケーレは懐かしい名前と共に、兵士の死体が揺れる城門をくぐった。
葬儀の参列で死肉の臭いに慣れているはずなのに、風に乗ってむせるように臭いが鼻に付く。
城の周りに、どれだけの串刺しの遺体があるのか、考えただけで足元から崩れ落ちそうだった。
血まみれのお后さまの心に突き立った、尖った氷柱を抜き取ることはできるだろうか。
自信がなくてミケーレの心は萎えそうでしたが、勇気を出して、お后さまに会うために王さまの後を付いていった。

お后さまが、自分が最後に閉じ込められていた北の塔にいらっしゃるときいて、鼓動が早くなった。
慕い続けた黒衣の後姿に、心臓が痛むほど緊張した金糸雀は、やっとの事で声を振り絞った。
ずっと弟殿下の喪に服しているという意味で、黒衣を着続けて居るのだと、王さまの忠実な司令官が耳打ちした。
「お妃さまは、正気かと思えば突然狂気に囚われる。」
「そなたは、余り側に近づかぬことだ。」

小さく頷いて、室内に入った。

「・・・お后さ・・・ま・・・?」

向かい合った揺り椅子を動かしていた、細い指がふと止まった。

「だぁれ・・・?」

振り返った姿に、金糸雀は言葉を失い倒れそうになった。
お妃さまの輝かんばかりの美貌はすっかりと影に覆われて、げっそりと眼窩は窪み、腰骨も突き出すほど、ひどく痩せているのだった。
大きな緑色の森の色の瞳は、暗闇に飲まれ磨かない黒曜石のように、艶を失っていた。

「奥方様。」

カストラートの高い澄んだ声が部屋に響く。

「音楽家の、ミケーレと申します。」

金糸雀は、ゆっくりと側によると優雅に舞台上で演じる女性役の挨拶をした。

「まあ・・・銀色のカストラート・・・?」

きらと怪しい光が瞳に宿り、伸びた爪が金糸雀の頬にかかる。

「まあ・・・すみれ色の瞳・・・?」
「・・・ああ、わたしは、きっとおまえを知っているわ。」






カストラートとなったミケーレは、再び王様とお妃さまに出会ってしまいました。
どうなるのでしょう・・・(´・ω・`)

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2 Comments

此花咲耶  

鍵付きコメント様

ミケーレの歌がいつかお妃さまの心を溶かせればいいのにと思います。

此花、いじめっ子疑惑再びでしょうか。
どうやら男塾の教えが浸透してきたみたいです。(*/∇\*) キャ~

コメントありがとうございました。うれしかったです。(*⌒▽⌒*)♪

2011/04/03 (Sun) 03:11 | REPLY |   

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2011/04/02 (Sat) 23:20 | REPLY |   

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