金銀童話・王の金糸雀(二部) 8
課題の難解さに逃げ出したものは数知れず、両親の過度の期待に押しつぶされたり、自信喪失のあまり高い時計台から地上に向かって身を投げた者もいた。
音楽学院では、食事と短い午睡(昼寝)、運動のための散歩の時間、貸し出された葬儀への参列(小天使になって歌うこと)以外は、カストラートになった者の時間はすべて呼吸法の会得に費やされた。
華やかな声を自在に操って、聞くものを夢中にさせる装飾的な超絶技法は難解で、時には鞭うちの体罰さえ行われて、繰り返し自分の物になるまで叩き込まれていた。
空気を吐いたり吸ったりする筋肉を鍛えるために、大抵は一つの技法はできるまで何日も繰り返された。
ことに、モルデントという主要な旋律と低い音を交互に素早く繰り返す技法は、鞭に打たれて小さなカストラート手のひらの皮がむけるほどだった。
声を優れた楽器のように自在に扱うために、学院の少年達は長い時間、囚われの小鳥のように声を振り絞って歌い続けるしかなかった。
*******
お妃さま推薦の楽器の奏者は、大層自信ありげでしたが、結局は「ミケーレ」の圧倒的な完勝で終った。
「お前のこの役に立たない指は、もう必要ないわね。」
そう言い放ち、王さまの腰にある剣を振り上げたお后さまの前に飛び出し、金糸雀はその剣を持つ手に縋った。
止める間もなく、側にいた王さまが、思わず「金糸雀!」と、口にしてしまう。
一瞬、瞳に光が揺らめき、誰の目にもお后さまの顔色が変わったように見えた。
「お后さま!お願いです。わたくしに、勝利の褒美をください。」
金糸雀は、今や顔色を失くした楽士を背中にかばった。
「褒美・・・何が欲しいの・・・?」
「この指を・・・。わたくしが歌う難しい曲に合わせて弾けるのは、城内でこの方しかいません。」
「ですから、指をこのままに・・・」
懸命に命乞いするカストラートに、興を削がれたお后さまはとうとう、いいわ・・・と、呟いた。
じっと顔を寄せて、間近で見つめるお后さまの視線が、金糸雀の青ざめた頬に痛いほど注がれた。
そしてついにお后さまは、王さまのかけた言葉と濡れた紫色の瞳に、一つの言葉を思い出したのだった。
「あなたは、わたくし達の金糸雀・・・?」
「・・・はい。」
お后さまの手には、一薙ぎで首を落とせるほどの重さのある、王さまの抜き身の剣があった。
手の中の剣が、鈍く輝いた。
「帰って来たのね。」
「・・・はい。」
その瞬間、王さまも、王さまの忠実な司令官も、金糸雀の首が広間に転がるだろうと思った。
金糸雀、本人さえも・・・
しかし、お后さまは笑みを湛えてこう言った。
「これからは、わたくしの許しを得ずに、どこにも飛んで行っては駄目よ。」
「はい。お妃さま。」
金子雀の小さな頭を大切そうに両手で包む姿に、誰もが安堵して、小さく息を漏らした。
昔のように、カストラートの歌声がとてもお好きだったお妃さまに、戻ったのではないかと少ない使用人さえ思った。
そして、それはすぐに淡い期待だったと落胆することになる。
「そうね・・・おまえに、特別なこしらえの綺麗な鳥籠を作ってあげましょう。」
「もう、わたくし達の手元から、決して逃げられないようにするわ。」
「鳥籠の屋根は小さな金色の瓦で葺いて・・・餌いれと、水入れを入れるの。」
「吊り下げた金色の鳥籠の中には、白いブランコを吊るしましょう。」
お后さまが、優しい言葉を光のない瞳で呟くのを金糸雀は、水を浴びせられたように小刻みに震えながら聞いていた。
お妃さまの心の病、月光病はとても重かったのだ。
「ブランコには、つる薔薇を巻きつけて・・・」
「そうだわ。今度こそ遠くへ逃げないように、おまえのこの風切り羽根も、動かないように切っておかなくては・・・ねぇ。」
金糸雀の細い二の腕を、伸びた爪が傷つけながら、滑るのだった・・・
金糸雀の蒼白の顔は目を見開いたまま、お后さまに向けられていた。
ぽかりと空虚になったお妃さまの瞳は、何も映していないように見える。
そして・・・
皆が見守る中で、ゆっくりとカストラート、ミケーレの両手が、お后さまに向けて誘うように広げられた。
王さまが、金糸雀にいぶかしげな視線を向ける。
震える唇が、音階をなぞり哀しみの鎮魂歌が広間に広がってゆく。
主の死を悲しむ聖母のように、黒衣の王妃を膝の上で抱きしめて、金糸雀はまるで主の死を悲しむピエタのようだった。
お后さまの傷ついた魂を包み込むように、高く美しい奇跡の声で、金糸雀は歌ったのだ。
金糸雀の頬を静かに幾筋もの涙が、転がってゆく・・・。
*******
やがて、お后さまの言葉は、実行にうつされた。
約束通り、贅を尽くした豪奢な装飾された大きな金の鳥籠が持ち込まれ、北の塔ではなく広間に吊るされた。
「お前の可愛らしい姿を、誰もが好きなときに見られるように、ここに置くことにするわ。」
鳥籠の柵は、細い金の百合の花が連なったように細工され、約束どおり、調度には白い箱型のブランコが揺れていた。
お后さまの命じたように金糸雀の柔らかな肌が傷つかないように、ブランコに絡みつく薔薇のトゲは1本ずつ抜かれ巻かれた。
金糸雀は、こうしてお妃さまの望み通り、しっかりと外から大きな鍵のかかる、金の鳥籠の住人になった。
箱型の白いブランコは、大人が丸くなって眠るには十分な深さが有った。
鳥籠の中の金糸雀には、体の線も露わに透けたエウリディケの薄い衣装が用意され、黄泉を旅するカストラートは、まるで初々しい花嫁のように花冠を被せられた。
銀色の長い髪に、薔薇の花冠を被り、癒しの歌を歌う金糸雀の背中には、救いの大天使の神々しい大羽根が見えるようだった。
王さまは、金糸雀の姿を哀れに思いましたが、どうしようもなかった。
お后さまの常軌を逸した愚行は、今や誰にも止められなかった。
文字通り籠の鳥になった金糸雀です。
実は、この場面を書くのはとても筆が進みました。
これから、セクスィな場面が入るはずです。(`・ω・´) ほんきっ!
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