金銀童話・王の金糸雀(二部) 10
金糸雀が鳥籠に幽閉されて、もう何ヶ月も経っていた。
緑の森では、一見何も変わりはなかった。
しかし、実際は残虐な王と王妃の知らぬ所で、異端者として裁かれる日が迫り来ようとしていた。
異端審問とは、主の教えと考えを同じくしないものを「異端」と捉え、これを粛清することだった。
「悪魔につかれた」と思われた人々を捕らえては民衆法廷で裁いていたのだが、余りに常軌を逸した緑の森のお后さまは、「魔女」ではないかとの噂がたっていた。
王族や富裕層が、宗教裁判という手段を使って処刑されるのは、極めて珍しいことだった。
緑の森の領地に足を踏み入れた異端審問官は、目を疑う戦慄の景色が広がるのを見た。
数限りない槍の先に遺体が林立する恐ろしい風景を見て、震えあがり逃げ帰ってしまった。
報告を受けたカトリック教会は、しかるべき裁判の後、緑の国の王と王妃を火刑もしくは斬首にする、と決定したのだった。
*******
遠くでそんなことになっているとも知らず、お后さまは商人にぜんまいを巻かせ、自動人形はぱちぱちと瞬きをしながら歌を歌ったのだった。
歯車とサイフォン、水力で動く小さな滑車。
薄いシャツの下の陶磁器の肌を破れば、そんなものが詰め込まれているのは一目瞭然だった。
歌声も、おそらくシリンダーにある突起をばねが弾いている、オルゴールの仕掛けに似たものと金糸雀にも想像がついた。
資産家の家で開かれる、ごく内輪の音楽会などに出かけますと、流行の自動人形を見かけることもあった。
アレッシオを映した人形のように、精巧なものではなかったが、彼等は腕のいい時計職人達の手によって、チェンバロを淀みなく弾いたり、小首をかしげて愛する人に手紙を代筆したりするのだった。
魂のない自動人形に、心を奪われてしまったお后さまを悲しい目で眺める王さまがお気の毒で、金糸雀はぜんまいを巻く商人に、とうとう持ちかけた。
金糸雀は、商人がいつも熱を帯びた目で、自分を物欲しそうに眺めているのを、知っていた。
出来るだけ甘い声で、囁くように商人を誘う。
「あの人形のお話を、お聞かせ下さいませんか。」
「どんなに長く歌っても、疲れないなんて、なんと羨ましいことでしょう。」
美しい金糸雀の住む金の鳥籠に、商人がゆっくりと歩を進めた。
金の百合の柵から、白い指を伸ばして商人の腕にそうっと触れると、金糸雀は踵を返して白いブランコに戻り、商人を見据えた。
そして、誰もが夢中になる細い声で静かに歌い始めた。
商人に視線を据えて、金糸雀は切ない恋の歌を届けた。
異国の商人は、思いがけない事に呆然とし、まるで少年のように頬を赤らめて、金の鳥籠の中で歌う小鳥に近付いた。
「金糸雀と王が呼ぶ、玉容のカストラートよ。ここに、来てくれないか。」
「お前をすぐ傍で見てみたい。」
金糸雀はおずおずと鳥籠の中から、手を差し伸べ、それ以降は、城中が寝静まった夜に繰り返される甘い蜜の逢瀬となった。
金色の百合の柵を挟んで、金糸雀は商人の首筋に手をふれ滑らせると、耳朶に短く切ない吐息を漏らした。
求めるように金糸雀の菫色の瞳が、商人を捉えると潤んでゆく。
「異国の方。あなたの目にわたくしはどんな風に映っていますか?」
「金糸雀・・・女でもなく男でもない、奇跡のカストラート。故国に連れ帰りたいと思う。」
「・・・名前を呼んでください。ミケーレと・・・。」
異国の商人は、金糸雀が差し出した細い指に触れた。
ぎこちなく、指が絡められる。
鳥籠を挟み、商人の手は金糸雀のローブの奥まで深く差し入れられた。
「あ・・・ぁあ・・・」
金糸雀は、褐色の手のぎこちない動きにそっと身体を沿わせ、商人の望むまま両の手で柵に縋りつくようにしていた。
薄衣に忍び込んだ、緩やかな指の抜き差しに堪えきれない短い吐息が、夜の広間に不規則に甘く零れてゆく。
最奥に忍び込もうとした指が、ローブをかき上げ白い腿が夜の冷たさに震えた。
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緑の森では、一見何も変わりはなかった。
しかし、実際は残虐な王と王妃の知らぬ所で、異端者として裁かれる日が迫り来ようとしていた。
異端審問とは、主の教えと考えを同じくしないものを「異端」と捉え、これを粛清することだった。
「悪魔につかれた」と思われた人々を捕らえては民衆法廷で裁いていたのだが、余りに常軌を逸した緑の森のお后さまは、「魔女」ではないかとの噂がたっていた。
王族や富裕層が、宗教裁判という手段を使って処刑されるのは、極めて珍しいことだった。
緑の森の領地に足を踏み入れた異端審問官は、目を疑う戦慄の景色が広がるのを見た。
数限りない槍の先に遺体が林立する恐ろしい風景を見て、震えあがり逃げ帰ってしまった。
報告を受けたカトリック教会は、しかるべき裁判の後、緑の国の王と王妃を火刑もしくは斬首にする、と決定したのだった。
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遠くでそんなことになっているとも知らず、お后さまは商人にぜんまいを巻かせ、自動人形はぱちぱちと瞬きをしながら歌を歌ったのだった。
歯車とサイフォン、水力で動く小さな滑車。
薄いシャツの下の陶磁器の肌を破れば、そんなものが詰め込まれているのは一目瞭然だった。
歌声も、おそらくシリンダーにある突起をばねが弾いている、オルゴールの仕掛けに似たものと金糸雀にも想像がついた。
資産家の家で開かれる、ごく内輪の音楽会などに出かけますと、流行の自動人形を見かけることもあった。
アレッシオを映した人形のように、精巧なものではなかったが、彼等は腕のいい時計職人達の手によって、チェンバロを淀みなく弾いたり、小首をかしげて愛する人に手紙を代筆したりするのだった。
魂のない自動人形に、心を奪われてしまったお后さまを悲しい目で眺める王さまがお気の毒で、金糸雀はぜんまいを巻く商人に、とうとう持ちかけた。
金糸雀は、商人がいつも熱を帯びた目で、自分を物欲しそうに眺めているのを、知っていた。
出来るだけ甘い声で、囁くように商人を誘う。
「あの人形のお話を、お聞かせ下さいませんか。」
「どんなに長く歌っても、疲れないなんて、なんと羨ましいことでしょう。」
美しい金糸雀の住む金の鳥籠に、商人がゆっくりと歩を進めた。
金の百合の柵から、白い指を伸ばして商人の腕にそうっと触れると、金糸雀は踵を返して白いブランコに戻り、商人を見据えた。
そして、誰もが夢中になる細い声で静かに歌い始めた。
商人に視線を据えて、金糸雀は切ない恋の歌を届けた。
異国の商人は、思いがけない事に呆然とし、まるで少年のように頬を赤らめて、金の鳥籠の中で歌う小鳥に近付いた。
「金糸雀と王が呼ぶ、玉容のカストラートよ。ここに、来てくれないか。」
「お前をすぐ傍で見てみたい。」
金糸雀はおずおずと鳥籠の中から、手を差し伸べ、それ以降は、城中が寝静まった夜に繰り返される甘い蜜の逢瀬となった。
金色の百合の柵を挟んで、金糸雀は商人の首筋に手をふれ滑らせると、耳朶に短く切ない吐息を漏らした。
求めるように金糸雀の菫色の瞳が、商人を捉えると潤んでゆく。
「異国の方。あなたの目にわたくしはどんな風に映っていますか?」
「金糸雀・・・女でもなく男でもない、奇跡のカストラート。故国に連れ帰りたいと思う。」
「・・・名前を呼んでください。ミケーレと・・・。」
異国の商人は、金糸雀が差し出した細い指に触れた。
ぎこちなく、指が絡められる。
鳥籠を挟み、商人の手は金糸雀のローブの奥まで深く差し入れられた。
「あ・・・ぁあ・・・」
金糸雀は、褐色の手のぎこちない動きにそっと身体を沿わせ、商人の望むまま両の手で柵に縋りつくようにしていた。
薄衣に忍び込んだ、緩やかな指の抜き差しに堪えきれない短い吐息が、夜の広間に不規則に甘く零れてゆく。
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