金銀童話・王の金糸雀(二部) 3
「あのね・・・今度、ぼくが呼ばれて行く葬儀に一緒に行って歌ってくれないかな・・・?」
「嘆きの天使の仕事?・・・もしかすると、カレスティーニ公の?」
貴族の葬儀には、数多くの嘆きを演出するため、多くの小天使が必要になる。
ミケーレも参加するようにと言われていましたが、毛頭出席する気はなかった。
「そうだよ、他にも多くの学院生が行くことになっているんだ。」
ミケーレにはカレスティーニ公という名前には、聞き覚えが有った。
遠い昔、「わたしの金糸雀」と呼ばれていたころ、小さな囚われ人は、歌の好きなカレスティーニ公に可愛がってもらった。
緑の森の国の近くに住む、平和を愛した領主は善政をしき領民に愛されていた。
葬儀にはきっと多くの臣民が参加するだろう。
ミケーレは、頭を振った。
「・・・ぼくは、そこには行けないよ。ごめん、トニオ・・・何か他の事で、手助けできないかなって思うよ。」
「なんなら、ぼくから学院長に、お父さんにお金を貸して貰えるように頼んでみようか?」
家族思いのトニオは、いつになく真剣な顔を向けた。
「ミケーレ!お願いだよ!」
「トニオ・・・」
棺に付いて、歌いながら歩いてゆくわけじゃないんだよと、懸命に言うのだった。
カレスティーニ公の屋敷内にある教会で、葬儀は行われるんだと、トニオは必死に告げた。
「僕等は教会の二階の回廊で歌うんだよ。決して、天使の姿は下からは見えないんだ、ミケーレ。」
「トニオ・・・」
「お願い、ミケーレ、打ち明けるよ。」
「君が歌ってくれれば、ぼくの家族に、学院長が金貨を三枚くれるんだ。」
「そうしたら父さんは、大切な畑を手放さないで済むんだよ。だから・・・!」
トニオは、学院長にお金を貸してくれるように頼みに行き、その代わりにミケーレを連れてゆくと請け負っていたのだった。
ミケーレは散々悩んだ挙句、領地が接地しているだけで、まさかあの方達が葬儀に来るようなことはないだろうと思い、とうとう頷いてしまった。
「じゃあ、トニオ、約束して。歌が終わったら、絶対にすぐに帰らせてくれるように学院長に頼んでね?挨拶も欠席するけど、それでもいい?」
「ああ、ミケーレ・・・ありがとう・・感謝する。」
「お父さんが、どんなに喜ぶか・・・。」
トニオは深く感謝し、思わずミケーレを抱きしめたのだった。
その決心のせいで、もう二度と学院に帰れなくなるとは、考えもしなかった。
ほんの少し、懷かしい風景をもう一度見たいと、心の底で思っていたのかもしれなかった。
トニオが部屋を出て行った後、ミケーレはふと会ってはいけない人たちの住む、懐かしい緑の森の国のことを考えた。
王さまのお傍近くに行ける・・・そう思っただけで、上がってきた心拍数を抑えるために、ミケーレは自分の胸を抱きしめなければならなかった。
王さまとお后さまの間に挟まれて眠った少年の日々は、ミケーレにとって、苦しい声楽の訓練の毎日に耐える唯一の慰めのよすがだった。
10日余りも高熱でうなされていた間、何度も見た幻覚は、王さまが自分を見つめうっとりと「わたしの金糸雀・・・」と囁いている姿だった。
お后さまは、鏡の中の金糸雀に向かい、優しく銀の髪を梳いてくれた。
目覚めた時、夢だと知り、戻らぬ日々を思い顔を覆った。
乾いた舌が口の中で引きつり、出ない声に涙したときも、心の中ではいつも、両親ではなくお二人の姿を浮かべていたのだった。
目の周囲が爛れる(ただれる)ほどミケーレは泣いた。
カストラートして初めて舞台に立った夜、カーテンを閉めるため窓辺に寄った時、夜の硝子に映った自分の姿に、ミケーレは小さく声を上げた。
全て過ぎ去ったことなのだと自覚させる、「天使」の姿・・・。
男性でもなく女性でもない、柔らかな丸みを帯びた身体と豊かに波打つ銀色の髪。
人々の賞賛するカストラートが、過去を責めるように見つめていた。
「あ・・・あ・・・、お許し下さい、お妃さま・・・」
鏡の向こうに透けてこちらを向く黒衣の貴婦人に、ミケーレは極上のお辞儀をし、寝台の羽枕は長い嗚咽と溢れる哀しみを受けとめた。
この学院に来た頃は、お后さまに乱暴されて酷い有様だった髪も、今はすっかり綺麗になっている。
虱にたかられた子どものように、短く刈り込まれた頭で、手術台に革紐で括られ、逆さまにされた日からミケーレには何もなくなった。
王さまの忠実な司令官の手によって、生まれ変わったミケーレがそっと触れた滑らかな喉元には、男には誰にでもあるべきアダムの林檎(喉仏)の片鱗もなかった。
「白い牛乳の眠り」の痛みの中で、絶え間なく現れる羽根を持った天使に、何度も、どうかこのまま主の下へお連れくださいと頼んでも、結局はかなわなかった。
生まれ変わっても、深い悲しみは消えなかった。
腕の良い医者の手にかかっても、10人に一人は命を落とす手術を乗り越えて、ミケーレは天使の姿で生き残った。
奇跡のカント・アンジェリコ(天使の声)
「天使の声」と「姿」を手に入れたミケーレの、流した涙と絶望を誰も知るものはなかった。
セクスィはどうした~~!ヾ(。`Д´。)ノ
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貴族の葬儀には、数多くの嘆きを演出するため、多くの小天使が必要になる。
ミケーレも参加するようにと言われていましたが、毛頭出席する気はなかった。
「そうだよ、他にも多くの学院生が行くことになっているんだ。」
ミケーレにはカレスティーニ公という名前には、聞き覚えが有った。
遠い昔、「わたしの金糸雀」と呼ばれていたころ、小さな囚われ人は、歌の好きなカレスティーニ公に可愛がってもらった。
緑の森の国の近くに住む、平和を愛した領主は善政をしき領民に愛されていた。
葬儀にはきっと多くの臣民が参加するだろう。
ミケーレは、頭を振った。
「・・・ぼくは、そこには行けないよ。ごめん、トニオ・・・何か他の事で、手助けできないかなって思うよ。」
「なんなら、ぼくから学院長に、お父さんにお金を貸して貰えるように頼んでみようか?」
家族思いのトニオは、いつになく真剣な顔を向けた。
「ミケーレ!お願いだよ!」
「トニオ・・・」
棺に付いて、歌いながら歩いてゆくわけじゃないんだよと、懸命に言うのだった。
カレスティーニ公の屋敷内にある教会で、葬儀は行われるんだと、トニオは必死に告げた。
「僕等は教会の二階の回廊で歌うんだよ。決して、天使の姿は下からは見えないんだ、ミケーレ。」
「トニオ・・・」
「お願い、ミケーレ、打ち明けるよ。」
「君が歌ってくれれば、ぼくの家族に、学院長が金貨を三枚くれるんだ。」
「そうしたら父さんは、大切な畑を手放さないで済むんだよ。だから・・・!」
トニオは、学院長にお金を貸してくれるように頼みに行き、その代わりにミケーレを連れてゆくと請け負っていたのだった。
ミケーレは散々悩んだ挙句、領地が接地しているだけで、まさかあの方達が葬儀に来るようなことはないだろうと思い、とうとう頷いてしまった。
「じゃあ、トニオ、約束して。歌が終わったら、絶対にすぐに帰らせてくれるように学院長に頼んでね?挨拶も欠席するけど、それでもいい?」
「ああ、ミケーレ・・・ありがとう・・感謝する。」
「お父さんが、どんなに喜ぶか・・・。」
トニオは深く感謝し、思わずミケーレを抱きしめたのだった。
その決心のせいで、もう二度と学院に帰れなくなるとは、考えもしなかった。
ほんの少し、懷かしい風景をもう一度見たいと、心の底で思っていたのかもしれなかった。
トニオが部屋を出て行った後、ミケーレはふと会ってはいけない人たちの住む、懐かしい緑の森の国のことを考えた。
王さまのお傍近くに行ける・・・そう思っただけで、上がってきた心拍数を抑えるために、ミケーレは自分の胸を抱きしめなければならなかった。
王さまとお后さまの間に挟まれて眠った少年の日々は、ミケーレにとって、苦しい声楽の訓練の毎日に耐える唯一の慰めのよすがだった。
10日余りも高熱でうなされていた間、何度も見た幻覚は、王さまが自分を見つめうっとりと「わたしの金糸雀・・・」と囁いている姿だった。
お后さまは、鏡の中の金糸雀に向かい、優しく銀の髪を梳いてくれた。
目覚めた時、夢だと知り、戻らぬ日々を思い顔を覆った。
乾いた舌が口の中で引きつり、出ない声に涙したときも、心の中ではいつも、両親ではなくお二人の姿を浮かべていたのだった。
目の周囲が爛れる(ただれる)ほどミケーレは泣いた。
カストラートして初めて舞台に立った夜、カーテンを閉めるため窓辺に寄った時、夜の硝子に映った自分の姿に、ミケーレは小さく声を上げた。
全て過ぎ去ったことなのだと自覚させる、「天使」の姿・・・。
男性でもなく女性でもない、柔らかな丸みを帯びた身体と豊かに波打つ銀色の髪。
人々の賞賛するカストラートが、過去を責めるように見つめていた。
「あ・・・あ・・・、お許し下さい、お妃さま・・・」
鏡の向こうに透けてこちらを向く黒衣の貴婦人に、ミケーレは極上のお辞儀をし、寝台の羽枕は長い嗚咽と溢れる哀しみを受けとめた。
この学院に来た頃は、お后さまに乱暴されて酷い有様だった髪も、今はすっかり綺麗になっている。
虱にたかられた子どものように、短く刈り込まれた頭で、手術台に革紐で括られ、逆さまにされた日からミケーレには何もなくなった。
王さまの忠実な司令官の手によって、生まれ変わったミケーレがそっと触れた滑らかな喉元には、男には誰にでもあるべきアダムの林檎(喉仏)の片鱗もなかった。
「白い牛乳の眠り」の痛みの中で、絶え間なく現れる羽根を持った天使に、何度も、どうかこのまま主の下へお連れくださいと頼んでも、結局はかなわなかった。
生まれ変わっても、深い悲しみは消えなかった。
腕の良い医者の手にかかっても、10人に一人は命を落とす手術を乗り越えて、ミケーレは天使の姿で生き残った。
奇跡のカント・アンジェリコ(天使の声)
「天使の声」と「姿」を手に入れたミケーレの、流した涙と絶望を誰も知るものはなかった。
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