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びいどろ時舟 30 

すり寄せた頬は、ざりざりと髭が痛かった。

「ずっと、ずっと逢いたかったよ。本当に、長かった。」

「お父(と)しゃまも、お元気そうで何よりでありんすぇ。 」

「蓮が亡くなって、ずいぶん苦労をかけたのだろう・・・。大事な時に傍に居てやれなくて済まなかった」。

「いいえ。お父しゃまには、お帰りの時に十分、金子をお支度していただきんした。太夫お披露目の折には、お国からも支度の金子を大層送っていただいて、ありがたいことでありんす。」

「そうじゃない・・・私に出来るのは、金を送ることだけだったからだよ・・・。」

父親は、所在無さげにそばで佇む鏡に、優しく手招きをする。

「おいで。Kyoutarou Julian (ユリアン )」

「あい。」

大きな紅毛人の男は自らを父と言うが、鏡はこの前の一件以来どの紅毛人も怖かったし、普段呼ばれたこともない自分の二つ名など覚えていなかった。側にいる千歳が気が付いて、幼い時以来の呼び名を口にした。

「鏡(きょう)ちゃん。はよ、お父(と)しゃまのお側に、こんね。」

「うん・・・。」

おずおずと側に寄った鏡と、千歳をやっと念願かなってその手に抱きしめた父親は、通詞の目も気にせずに滂沱の嬉涙にくれた。
その姿を、くすぐったそうに眺める鏡だった。
「もうひいた風邪は、良くなったのか?Kyoutarou Julian (ユリアン )。熱が出たそうだが?」

思わず、こくりと頷いた。

「大したことば、なかもん・・・。ちょっと、熱ばしただけたい。そいよりも、お父しゃま。かぴたんさんにお礼ば言ってくれんね。新さんと二人に、死ぬごと、ようしてもろうたけん・・・。」

「そうか、そうか。良くしてもらったのか。」

父は相好を崩し、鏡をひょいと抱えて、膝に乗せる。

「小さかったKyoutarou Julian (ユリアン )が、そんなことを言うようになったか。」

「・・もう、赤子じゃなか。あしは、もうまた女将さんに、男衆としてお給金ば、もらうっとやけん。」

鏡はうつむいて、父の膝を手のひらで撫ぜた。
そのままくると向き直って、じっと見つめた。

「お父しゃま。あしを、覚えておったろうか?なんか(長い)間、離れとったけん、心配やったとよ・・・。」

息子をじっと見つめる父の鳶色の優しい目が、じんわりと溢れる涙に濡れる。

「忘れるものか。何よりも大切な子供たちだ。あのね。父の地球儀には、日本国がないんだよ、Kyoutarou Julian (ユリアン )。」

「・・・なして?小さか国は、乗せんと?」

側にいた、阿蘭陀通詞が口を挟んだ。

「閣下は毎日ずっと、地球儀を回しては、日本国のところを指で止めていました。ですから、絵がこすれてしまったんです。日本国の場所だけ、地球儀の丈夫な羊皮紙がはげてしまいました。」
「閣下は日本国に渡り、あなた達に逢うことだけを、ずっと望んでおいででした。」

「お父しゃまも・・・あしと同じように、あしに逢いたかったと・・・?」

上半身を捻って、鏡はやっと素直に父の胸に縋った。

「あし・・・は、お父しゃまに、ずっと逢いとうござおっと・・・。」

「Kyoutarou Julian (ユリアン )。」

母が居なくなり、姉が禿に上がってからずっと一人で生きてきたような鏡は、この最近泣いてばかりいるような気がする。

「おかしかね・・・もう、あしは、一人前やとに・・・男衆はこがん風に、泣かんもん・・・」

千歳が姉の顔で、優しく背中を撫ぜる。

「鏡ちゃん、泣いてもよかよぉ。こいまでずっと、一人でえらかったもんねぇ。」

父の大きな胸に、後から後から湧きこぼれた鏡の涙が、吸われていった。
千歳の目には、ずっと風穴が開いていた寂しい鏡の胸に、満たされて赤い花が咲いたのが見えた。

「鏡ちゃん、お父しゃまに、たんといっぱい甘えんねぇ・・・」





(´;ω;`) 鏡:「お父しゃま・・・」

o(〃^∇^)o 父:「さあ、父の胸へおいで。」

(*/д\*) 鏡:「うれしかね・・・え~ん・・・」

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