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花菱楼の緋桜 10 

年明けて、緋桜は一人前の花魁として、花魁道中をすることになった。

緋桜の突出し(初めて客を取る日)の支度は、こちらも一流の呉服屋越後屋で仕立てることになっている。
突き出しを迎えた振袖新造の最初の馴染客となる者は、寝具一式を贈る定めになっていてそれはもう大名の花嫁支度と同じくらい贅沢な物だ。

三枚重ねの敷蒲団と夜着一枚で五十円という最上級の羽二重は、青海花魁とその旦那が用意してくれた。青海花魁は、まるで自分の事のように一生懸命に生地を選んだ。それを用いて緋桜花魁は、初夜の床入りをすることになっている。
青海花魁が自分の旦那に頼んで、金襴緞子も華やかなまな板帯を誂えてくれた。青海花魁は、自分の印、金糸銀糸で織られた青海波の波間に、千鳥と緋色の桜花を浮かべた。

ずらりと並んだ雪洞(ぼんぼり)に火が入り、吊るし籠に入れられた和紙の花弁が男衆の手によって道中降り注ぐ度、感嘆の声が上がる。青海花魁も後見に立った。

「さあ。花菱楼の緋桜大夫のお練りが始まるよ!花魁道中だよぉ!」

夢のような、心持で緋桜は俎板帯をぐいと身体の前に、持ち上げた。

「青海兄さん、わっちは幸せ者でありんす。兄さんと旦那さまに、こんな贅沢なこしらえをしていただいて……。」

「ほら、ほら、せっかくの門出に涙は禁物だよ。ああ、緋桜ったら、目許の紅が流れっちまうだろう。ちょいと、こっちをお向き。」

「さ。今日から七日間、花魁道中だ。しっかりおしよ。」

「あい。」

甘い涙を吸ってやって兄貴分の青海花魁は、とびきりの花の笑顔を向けた。
可愛い弟新造の、艶やかな顔見世の花魁行列が始まる。
白い素足に重い黒塗りの下駄を履いて、姿千両の緋桜は咲き誇る八重桜の精となり、銀糸の煌めく桜吹雪の中を、外八文字にゆっくり歩く。

小さな風呂敷包みを一つだけ持って、大きな目ばかり目立つ貧相な子供が花菱楼の裏木戸をくぐったのはもう10年も前のことだ。良く、ここまできたものだと介添えをしながら、青海花魁は凛と前を向く緋桜の染まった頬を見つめた。
人々のため息に混じって、遠くからざわめきが聞こえて来る。

「……安曇―――――っ!!」

凍りついたように緋桜の足が止まり、ふと踵を返しそうになる。
自分の昔の名を呼ぶ声に、緋桜はみるみる顔色を失くしていった。緋桜は、その声の主を知っていた。

「あの……声は……。」

「緋桜花魁!しっかりしなんし!今がお前の、正念場でありんしょう。」

介添えの青海花魁の叱咤が鋭く飛んだ。緋桜の視線が、ふと空を彷徨う。

「……安曇―――――っ!!」

何度か聞こえた声は、やがて聞こえなくなった。
おそらく花魁道中を邪魔したかどで、警備に当たっていた浅木や、牛太郎あたりに会所か花菱楼へ連れて行かれたのだろう。心の深いところに、沈めたはずの「磯良さん」がゆらゆらと立ち上って緋桜の胸で騒いだ。

「日本一!」

「よっ!天晴れ!緋桜花魁!」

周囲の掛け声に、青ざめた花の顔(かんばせ)を綻ばせて向けながら、緋桜は薄紙でこさえた桜吹雪の舞散る中をゆっくりと外八文字で歩いて行く。
一世一代の晴れ姿だった。
三枚歯の黒塗下駄を放り出して、声のする方へ駆けだしたかったが、緋桜は辛うじて耐えた。しっかりしなくては、此処まで周到に用意をしてくださった旦那さまと青海兄さんに迷惑がかかる……と、肌を泡立てながら艶やかに微笑んでいた。





とうとう花魁にまで上り詰めた、緋桜です。

 ( -ω-)y─┛~~~~青海:「しっかりおやりよ、緋桜。」

(`・ω・´) 緋桜:「あい!」

本日もお読みいただきありがとうございます。
再掲にも関わらず、応援いただきうれしいです。加筆改稿がんばった甲斐がありました。(*⌒▽⌒*)♪

此花咲耶

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