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花菱楼の緋桜 14 

青海花魁は、磯良の手を取ると花菱楼のコの字型の回廊を回り、やがて磯良が見たこともないほどの絢爛とした襖に手を掛けた。しばらく、ここで待っていてくんなまし……と言い置いて中に入った。

「ぬしさん。申し訳ございんせん。青海でありんす……」

「ああ、青海花魁かい?ちょうど良かった。どうしたんだろうね、緋桜が何やら泣きだしてしまってね。困っていたところなんだよ。構わないから、お入り。」

絵襖をそっと引くと、青海は中に入り三つ指を付いた。

「旦那さま、お邪魔いたしんす。……緋桜?」

「お……おゆるしなんし……青海兄さん。なぜだか、涙が……とまらなくなってしまいん……した。とんだ不調法、申し訳ございんせん。」

頭では分かっていても、磯良の姿を見て心が裏切ったということなのだろう。
ここは、花菱楼の花形花魁、青海太夫の手練手管の見せどころだった。

「主さん……。こなたの子は、わっちのお慕いするだんなさまが、自分と床入りするのが辛いんでありんす。 わっちも一度は許したものの、たまらずここへ来てしまいんした。主さん。緋桜は可愛い弟花魁でありんすが、わっちはこの子に主さんをお渡しするのは、どうにも胸が痛くて……辛くてなりんせん。」

「おやおや、花菱楼の看板大夫が悋気を焼いてくれるのかい?」

「あい。どうにもお恥ずかしいことでありんすぇ。」

恥ずかしながら嫉妬のあまり、初夜を預けた弟花魁と同衾する間夫(恋人)を慕ってここまで来たのだと、青海太夫は涙を零し身を捩った。

「思い余って参りんした。これは、わっちの初めての起請文でありんす。主さん……熊野神社の御符にわっちの血判を押して、この通り。青海は年季が明けたら主さんのお傍に参りたいでありんす。」

「起請文とは、うれしいね。」

これまで散々、主さんと呼ぶ男の落籍(身請け)の申し出を蹴って来た青海花魁が、胸に縋って離れたくないと泣いた。娼妓の手練手管、嘘泣きだと判っていながら粋人は、よしよしと青海花魁の頭を撫でた。青海花魁の持って来た起請文は、交わした約束は熊野の神さまに誓って違えませんという娼妓の本気の証しだった。

「緋桜や。せっかく、緋桜が初花をやろうと言ってくれたのだけどね、わたしは初めて素直になってくれた青海と居てやりたいよ。緋桜は涙が止まったら、また酌でもしておくれ。」

「緋桜。部屋の表に、荷物を運んで置いた。わっちの部屋で見ておいで。」

「……あい。主さん、兄さん……失礼いたしんす……。」

安堵の涙をぬぐうと、緋桜は錦糸の打掛を煌めかせて退出した。客と青海の声が早くお行きと急き立てる。

「緋桜に妬いてくれたなんて、嘘でも嬉しいよ、青海。」

「主さん、わっちも花菱楼の花魁と言えども生身の人間。たまには人並みに本気の恋をいたしんす。」

「……おいで。お前の本気を見せておくれ。」

「主さん。」

熱い影が一つに溶けて、真新しい羽二重の褥に倒れた。





(´;ω;`) 緋桜:「申し訳ありんせん……兄さん。」

 ( -ω-)y─┛~~~~青海:「困った子だね~。」

本日もお読みいただきありがとうございます。
後、二話くらいで終わる予定です。      此花咲耶
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