花菱楼の緋桜 12
酒井磯良と名乗った田舎者は、確かに緋桜に逢いに行くと指切りをしたあの「磯良さん」だった。
「そうかい。花菱楼のお客人ってんなら別だ、話はこちらで聞かせてもらいましょうか。廓の若い衆が、乱暴な真似をして悪かったな、兄さん。」
「いや。こちらこそしきたりも知らずに、無粋な真似をしてすまなかった。田舎者の不調法と許してもらいたい。」
約束を忘れず有り金を懐にここまで来たという純情に、いささか感動しながら緋桜の兄貴分として青海花魁は対面した。酒井磯良の伏せた目に、白い足が写った。
「お初にお目にかかりんす。緋桜の兄貴分、青海花魁でございんす。緋桜は本日、わっちの後見で突出しの花魁道中をいたしんした。」
「わたしは名を酒井磯良と申す。方々をお騒がせして申し訳ない。目も眩む見事な花魁道中であった。」
幼馴染の安曇がお世話になっておりますと、磯良は本当の兄のように頭を下げた。
「安曇がここでどれだけ大事にされているか、この田舎者にも、あのこしらえを一目見てわかりました。大層、金のかかったものとお見受けいたしました。」
「あれは……緋桜の涙でこしらえたものでありんすよ。あの子は花菱楼に禿で入って以来、表では決して泣かずに歯を食いしばって、今日まで参ったんでありんすぇ。磯良さん……とやら。見かけは華やかでも、廓というのはご承知のように身体を売る所。苦界と二つ名を持つ地獄でございんす。」
磯良はひたと、青海花魁に目を据え、もう一度深々と頭を下げた。
「重々存じております。安曇を守ってやりたいと、幼い頃から思って来ました。守ってやれずに見送ったのです。そろそろ水揚げの頃と思い、必死で金をかき集めて、これだけ作って来たんだが……足りませんか?これだけじゃ、一目でも緋桜花魁に逢えませんか?」
「どぉれ……。」
青海はずいと磯良の目の前に品無く座り込み、見せつけるように足を開いた。
裾前から薄く紅化粧をした、商売用の美芯が覗いている。
娼妓の商売道具の美しさに、さすがに男は視線を外した。
「目をそらさずに、しっかり御覧なんし!緋桜に逢うってことは、ここも交わることでございんす。抱いてやる気がないのなら、年季が明けるまで、わっちはあの子に逢んせんほうがいいと思いんす。」
酒井磯良は 、黙って話を聞いていた。
「花魁はどこの店でも、初会で顔を合わせ、裏(二回目)で初めて言葉を交わしんす。三度目で「顔馴染み」となったら、お客はお店や遊女にご祝儀を配るんでありんす。花菱楼の初回金はおおよそ線香一本、(消えるまでの時間を買う)20円というところでありんしょう。」
「祝儀が、に……20円ですか。」
「よその廓なら、高くともせいぜい2円でありんしょうが、花菱楼で使っていただくお金はその10倍でございんす。」
あか抜けない浅黄裏は、その場で頭を抱え込み、驚いたことに肩を震わせ男泣きに泣いた。青海太夫の話は、金の無い田舎侍には余りに酷だった。
「どうか、安曇……緋桜さんに、達者で暮らす様にと伝えてやってください。磯良は国許でずっといつまでも、おまえの幸せだけを願っているからって……」
膝の上に固く握り締めた拳に、ぱたぱたと涙が散った。
青海花魁は、じっと様子を見つめていた。
「安曇……安曇、すまない……ここまで来たがわたしには、どうにもならない……会わずに帰るしかない。」
青海花魁の前に両手で押し出した小さな金袋は、おそらく小銭ばかりなのだろう。
ずっしりと重たかった。磯良が必死に貯めたと、一目で知れた。
しばしの沈黙が重かった。
ここまでやっとたどり着いたのに、緋桜に逢えない磯良さんです。
(´・ω・`) 磯良:「ごめんよ、安曇……」
本日もお読みいただきありがとうございました。 此花咲耶
「そうかい。花菱楼のお客人ってんなら別だ、話はこちらで聞かせてもらいましょうか。廓の若い衆が、乱暴な真似をして悪かったな、兄さん。」
「いや。こちらこそしきたりも知らずに、無粋な真似をしてすまなかった。田舎者の不調法と許してもらいたい。」
約束を忘れず有り金を懐にここまで来たという純情に、いささか感動しながら緋桜の兄貴分として青海花魁は対面した。酒井磯良の伏せた目に、白い足が写った。
「お初にお目にかかりんす。緋桜の兄貴分、青海花魁でございんす。緋桜は本日、わっちの後見で突出しの花魁道中をいたしんした。」
「わたしは名を酒井磯良と申す。方々をお騒がせして申し訳ない。目も眩む見事な花魁道中であった。」
幼馴染の安曇がお世話になっておりますと、磯良は本当の兄のように頭を下げた。
「安曇がここでどれだけ大事にされているか、この田舎者にも、あのこしらえを一目見てわかりました。大層、金のかかったものとお見受けいたしました。」
「あれは……緋桜の涙でこしらえたものでありんすよ。あの子は花菱楼に禿で入って以来、表では決して泣かずに歯を食いしばって、今日まで参ったんでありんすぇ。磯良さん……とやら。見かけは華やかでも、廓というのはご承知のように身体を売る所。苦界と二つ名を持つ地獄でございんす。」
磯良はひたと、青海花魁に目を据え、もう一度深々と頭を下げた。
「重々存じております。安曇を守ってやりたいと、幼い頃から思って来ました。守ってやれずに見送ったのです。そろそろ水揚げの頃と思い、必死で金をかき集めて、これだけ作って来たんだが……足りませんか?これだけじゃ、一目でも緋桜花魁に逢えませんか?」
「どぉれ……。」
青海はずいと磯良の目の前に品無く座り込み、見せつけるように足を開いた。
裾前から薄く紅化粧をした、商売用の美芯が覗いている。
娼妓の商売道具の美しさに、さすがに男は視線を外した。
「目をそらさずに、しっかり御覧なんし!緋桜に逢うってことは、ここも交わることでございんす。抱いてやる気がないのなら、年季が明けるまで、わっちはあの子に逢んせんほうがいいと思いんす。」
酒井磯良は 、黙って話を聞いていた。
「花魁はどこの店でも、初会で顔を合わせ、裏(二回目)で初めて言葉を交わしんす。三度目で「顔馴染み」となったら、お客はお店や遊女にご祝儀を配るんでありんす。花菱楼の初回金はおおよそ線香一本、(消えるまでの時間を買う)20円というところでありんしょう。」
「祝儀が、に……20円ですか。」
「よその廓なら、高くともせいぜい2円でありんしょうが、花菱楼で使っていただくお金はその10倍でございんす。」
あか抜けない浅黄裏は、その場で頭を抱え込み、驚いたことに肩を震わせ男泣きに泣いた。青海太夫の話は、金の無い田舎侍には余りに酷だった。
「どうか、安曇……緋桜さんに、達者で暮らす様にと伝えてやってください。磯良は国許でずっといつまでも、おまえの幸せだけを願っているからって……」
膝の上に固く握り締めた拳に、ぱたぱたと涙が散った。
青海花魁は、じっと様子を見つめていた。
「安曇……安曇、すまない……ここまで来たがわたしには、どうにもならない……会わずに帰るしかない。」
青海花魁の前に両手で押し出した小さな金袋は、おそらく小銭ばかりなのだろう。
ずっしりと重たかった。磯良が必死に貯めたと、一目で知れた。
しばしの沈黙が重かった。
ここまでやっとたどり着いたのに、緋桜に逢えない磯良さんです。
(´・ω・`) 磯良:「ごめんよ、安曇……」
本日もお読みいただきありがとうございました。 此花咲耶
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