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花菱楼の緋桜 13 

ぱたぱたと走る音がして、襖がからりと開けられた。

「磯良さん!」

「安曇……っ!」

「やっぱり……っ、あの声は磯良さんだった。」

花魁道中の後、こしらえのまま走って来た花魁の、豪華絢爛な姿に圧倒された磯良だった。飛びついて、鼈甲の櫛が一枚落ちそうになっているのを、男はそっと直してやった。

「磯良さん……っ!磯良さん、会いたかった!」

「大きくなったなぁ。安曇……元々可愛らしい童だったが、なんと、綺麗な姿だろう。まるで羽衣をまとった天女のようだ。驚いてしまったよ。」

「あい、磯良さんの安曇でありんす。……磯良さん。約束を守ってくれたなんて……、嬉しい、ああ、嬉しい。」

打掛を引きずるようにして、酒井磯良の胸に飛び込んだ緋桜に、青海太夫は忌々しげに告げた。

「まったく、緋桜はこれまでわっちに何を教わって来たんだろうねぇ。花菱楼の花魁ともあろうものが、初会に口をきくなんざ、どんな料簡だろう。躾も何もあったもんじゃない。」

「昔の知り合いの顔を見て、浮かれるのもわからんではないが、人情は人情だ。お商売は待っちゃくれないよ。さあ、お名残惜しいこともあるだろうが、お馴染みさんと励んだり、励んだり。」

磯良は優しい顔でうなずいて、行っておいでと緋桜に声を掛けた。

「話が出来るなんて思わなかった。お前が元気でよかった。帝都でころり(ペスト)が流行ったと聞けば、気ばかり焦り、黒船のぺるりが持ち込んだ怖い病があると聞けば罹りはしないかと心配だった。」

「いいかい、安曇。磯良さんは、これからまた頑張ってお金を貯めて、きっとおまえに逢いに来るからね。」

逢いになど、来られるわけがない。
磯良は娼妓よりも優しい嘘をついた。金工面は、今回だってやっとだったのだ。

「磯良さん。今も、安曇は、磯良さんがいっとう好き。年季が明けたら帰るから、きっと磯良さんのところに帰るから、また川魚を獲ってね。山の緋寒桜を見せてね。」

「ああ。一緒に行こうな。安曇がいた頃と変わらず緋寒桜は咲くんだよ。」

「そうなの。」

言葉を紡げば未練になり、ひしと抱き合えば愛おしさが募った。
それでもやはり、駕籠の鳥の掟は掟。緋桜は後ろ髪を引かれながらも、馴染みの上客に抱かれに行った。

「行っておいで、安曇。逢えて本当にうれしかったよ。」

「あい。磯良さん。安曇も逢えてうれしかった。」

磯良には、涙ぐんだ緋桜が別れたころの小さな安曇に見えた。

「方々、お世話になり申した。」

緋桜が仕事に戻ったのを見届けたのち、番頭と太夫に頭を下げて磯良は部屋を出てゆこうとする。

「ちょいと待ちなんし。磯良さんとやら、路銀を持ってゆきなんし。」

磯良は清々しい日輪のような笑顔を向けた。

「なんとでもなります。それは、安曇……緋桜さんに渡してください。少ないですけど、好きな金平糖でも買ってやってください。」

「ああ……もう、なんだってんだ。お前さん、緋桜が好きなんだろう?」

「はい。安曇がどんな姿でも、わたしの気持ちは変わりません。わたしの気持ちは、安曇が故郷を出た時のままです。」

「どうして北国の男ってのは、こんな風に一途で健気なんだろうね……。ああ、忌々しいったら。いっそ、おまえが鼻持ちならないいけ好かないやつなら良かったのに。」

責めるように蓮っ葉な物言いをしながら、青海花魁の目は優しい。

緋桜の幸せの在処(ありか)を、とうに知っていた。




やっと逢えました。
でも、緋桜は客の所に行かねばなりません。せつないね……(´・ω・`) ←

本日もお読みいただきありがとうございます。(*⌒▽⌒*)♪ 此花咲耶
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