流れる雲の果て……18
美千緒が毎日、劇団醍醐の芝居を見に来た理由は、きっとこの男の持つ切れ長のくっきりとした目許にあるのだろう。
「あの……もしよかったら、美千緒さんの話をおれも聞きたいから、劇団の方に来ませんか?美千緒さんは何も話してくれないから……おれ、何も知らなくて。それに、明日の朝、いつも通りご飯食べに来ると約束したし。」
「あいつはちゃんと飯を食ってるのか……。そうか、良かった。」
男は腰を曲げて両膝に手をつき、大きく息を吐いた。きちんと生活しているらしいと知って、心底安堵したようだった。
「美千緒さんには、おれの家庭教師をしてもらっています。まかない付で、空き時間に無理言って勉強教えてもらってます。おれは大衆演劇の役者で、余り学校に通えないから美千緒さんに頼んだんです。」
「そう。もしかすると、もう間に合わないんじゃないかと思った……。本当に良かった。」
*****
大二郎は男を父に逢わせた。
「美千緒さんの知り合いかい?お初にお目にかかります。先生には倅がお世話を掛けております。」
「こちらこそ、美千緒がお世話になっています。友人の松井聡です。」
その名前を聞いた時、大二郎は思わず素っ頓狂な声を発してしまい、目線で叱られた。
初めて美千緒と身体をつないだとき、確かに美千緒は大二郎を「聡」と、その名で呼んだ。友人と言っているが、男は訳ありの恋人なのだろう。
ふらふらになりながら、毎日通い詰めてじっと見つめていた舞台の上の父と大二郎の向こうに、きっとこの男を重ねて見ていたに違いない。何故、この男の元を離れたのか、聞いてみたかった。
「松井さんは、この柏木醍醐に面差しが似ているようですね。劇団員が、柏木醍醐に訳ありの弟が居たのかと聞いてきましたよ。」
「はい、似ていると美千緒が良く言っていました。いつか、舞台を見に行って本当に似ているかどうか確かめるんだって、笑っていました。美千緒が失踪したとき、どこにも当てがなくて、やっと思い付いたここだけが行方を探す鍵でした。でも、訪ねてきても本当にいるかどうかわからなくて……ここに来たのは賭けみたいなものでした。」
羽鳥がそっと茶をすすめる。
一気に茶を煽って、松井は両手で湯のみを握り込んだ。どこからどう話をしていいのかわからない、そんな風に見えた。
醍醐が話を向けた。
「先生は、どこかお加減が悪いのじゃないかと思っておりましたが……?」
「お世話になって、隠し立てすることもありません。そうです。美千緒は余命3か月と言われています。」
口を挟みかけた大二郎を、そっと羽鳥が座らせた。向こうに行くかと小さな声で言われたがかぶりを振った。どんな話でも聞こうと思った。
「胃の裏側の見つかりにくい臓器に腫瘍があって、体調が悪いといいながらその場所を見つけるのに時間がかかって……おそらく初見した病院のミスだと思います。長いこと、関係の無い胃潰瘍と肝臓の治療をしていましたから……。大きな病院に移り、病巣を取り除く開腹手術をしようと話していたのですが……美千緒は出て行ってしまったんです。」
「死期がわかった以上、わたくしなら一番愛する人の元で一生を終えたいと考えると思いますが、先生はなぜそうなさらなかったのでしょう?」
美千緒もそのつもりだったんですが、悪条件が重なって……と、松井聡は顔を歪めた。
今の所、昨日いただいたコメント通りの展開なのです。おそるべし、けいったんさん。
松井聡が語ります。(〃゚∇゚〃) うふふ~
本日もお読みいただきありがとうございます。
真実の愛が美千緒に降り注ぎますように。 此花咲耶
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「あの……もしよかったら、美千緒さんの話をおれも聞きたいから、劇団の方に来ませんか?美千緒さんは何も話してくれないから……おれ、何も知らなくて。それに、明日の朝、いつも通りご飯食べに来ると約束したし。」
「あいつはちゃんと飯を食ってるのか……。そうか、良かった。」
男は腰を曲げて両膝に手をつき、大きく息を吐いた。きちんと生活しているらしいと知って、心底安堵したようだった。
「美千緒さんには、おれの家庭教師をしてもらっています。まかない付で、空き時間に無理言って勉強教えてもらってます。おれは大衆演劇の役者で、余り学校に通えないから美千緒さんに頼んだんです。」
「そう。もしかすると、もう間に合わないんじゃないかと思った……。本当に良かった。」
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大二郎は男を父に逢わせた。
「美千緒さんの知り合いかい?お初にお目にかかります。先生には倅がお世話を掛けております。」
「こちらこそ、美千緒がお世話になっています。友人の松井聡です。」
その名前を聞いた時、大二郎は思わず素っ頓狂な声を発してしまい、目線で叱られた。
初めて美千緒と身体をつないだとき、確かに美千緒は大二郎を「聡」と、その名で呼んだ。友人と言っているが、男は訳ありの恋人なのだろう。
ふらふらになりながら、毎日通い詰めてじっと見つめていた舞台の上の父と大二郎の向こうに、きっとこの男を重ねて見ていたに違いない。何故、この男の元を離れたのか、聞いてみたかった。
「松井さんは、この柏木醍醐に面差しが似ているようですね。劇団員が、柏木醍醐に訳ありの弟が居たのかと聞いてきましたよ。」
「はい、似ていると美千緒が良く言っていました。いつか、舞台を見に行って本当に似ているかどうか確かめるんだって、笑っていました。美千緒が失踪したとき、どこにも当てがなくて、やっと思い付いたここだけが行方を探す鍵でした。でも、訪ねてきても本当にいるかどうかわからなくて……ここに来たのは賭けみたいなものでした。」
羽鳥がそっと茶をすすめる。
一気に茶を煽って、松井は両手で湯のみを握り込んだ。どこからどう話をしていいのかわからない、そんな風に見えた。
醍醐が話を向けた。
「先生は、どこかお加減が悪いのじゃないかと思っておりましたが……?」
「お世話になって、隠し立てすることもありません。そうです。美千緒は余命3か月と言われています。」
口を挟みかけた大二郎を、そっと羽鳥が座らせた。向こうに行くかと小さな声で言われたがかぶりを振った。どんな話でも聞こうと思った。
「胃の裏側の見つかりにくい臓器に腫瘍があって、体調が悪いといいながらその場所を見つけるのに時間がかかって……おそらく初見した病院のミスだと思います。長いこと、関係の無い胃潰瘍と肝臓の治療をしていましたから……。大きな病院に移り、病巣を取り除く開腹手術をしようと話していたのですが……美千緒は出て行ってしまったんです。」
「死期がわかった以上、わたくしなら一番愛する人の元で一生を終えたいと考えると思いますが、先生はなぜそうなさらなかったのでしょう?」
美千緒もそのつもりだったんですが、悪条件が重なって……と、松井聡は顔を歪めた。
今の所、昨日いただいたコメント通りの展開なのです。おそるべし、けいったんさん。
松井聡が語ります。(〃゚∇゚〃) うふふ~
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