流れる雲の果て……23
「聡……?」
……のはずはない。
あれほど愛してくれた恋人を裏切って、何も言わずに捨てて来たのは自分だった。具合の悪くなった時も、ずっと傍で励ましてくれた優しいかけがえのない恋人を、棄てた。
自分の甘さに気付いて薄く笑ってしまう。
「あぁ、大ちゃん……どうしたの?」
「美千緒さんはおれに言ったよ。言わなきゃわかんないよ……って。おれにしてほしいことを言葉にしろって言った。」
ゆらりと美千緒は体を起こした。
「そうだね。どんなに思っていても言葉にして伝えないと、相手には届かない。その通りだと思うよ。」
「松井さんは美千緒さんの傍に居てやりたいって、言ったよ。はっきりと。自分に出来るのは傍に居る事だけだって!」
「迷惑だって分かっているのに、そんなこと……出来るわけない……」
「迷惑だって松井さんが言ったの?美千緒さんを好きな松井さんはそんな人?」
まじまじと美千緒は大二郎を見つめた。
「美千緒さん!素直にならないとだめだ。失ってからじゃ遅いよ。」
「大ちゃん……」
「おれだったら、大好きな人が辛いときは、一緒に泣く。困ってるなら全身全霊で助けようと思う。おれなんてお師匠さんに比べたらまだまだ何もできないガキだけど、美千緒さんに笑っていてほしいよ。松井さんの傍に居れば美千緒さんは、今よりもずっと幸せなんでしょう?」
手を伸ばし美千緒は大二郎をぎゅっと抱きしめた。
「いい子だね……大ちゃん。でもね、大好きだから困らせたくないことだってあるんだよ。好きな人の困る顔なんて見たくない。大ちゃんも、もっと大人になればわかるよ。」
大二郎は言葉を失った。松井も美千緒も互いに思い合っている。これほど気持ちを分かっても、美千緒は離れた方が良いと言う。
どちらの言葉も重く、大二郎の頭の中でぐるぐると虚しさが駆け巡った。自分ではどう言葉を重ねても美千緒を説得できないと思った。
「美千緒さんは……ばかだ。失うくらいならなかったことにしようって諦めてるんだ……おれ、そんな風に諦める事ばっかりなら、物わかりの良い大人に何てなりたくない。おれと一緒に居たって、違う人の事ばかり考えてるくせに。」
「大ちゃん、違うよ。ぼくは大ちゃんを聡の身代わりだなんて思ってない。聡の代わりは誰にも出来な……あっ……」
思わず洩れた本音に、美千緒が口を覆った。
沈黙を裂いて、部屋にノックの音が響いた。
*****
「お邪魔いたします。」
「醍醐さん?こんなところに……。」
「はい。明日から、またしばらく東京の方へ仕事へ向かうことになりましたので、先生にご挨拶させていただこうと思ってまいりました。」
「お師匠さん……」
「大二郎。目が腫れるから泣くんじゃないと言ってあるだろう?何だね、その面(つら)は。みっともない。」
「……すみません。」
「他人の色恋に口を出すような無粋な真似は致しません。しかし、先生。この柏木醍醐には一つだけ分かっていることがございます。」
「はい。何でしょうか。」
「わたくしの女房、大二郎の母親は、命を懸けて倅を産みました。姿はこの世にございませんが、楓は最後まで生きようと努力してくれました。本気の恋をするのは、人間そう何度もあることではございません。先生もそうお思いになりませんか?」
美千緒は俯いたままだった。
「相手にとって何が幸せかどうかなんて、当人じゃない限りわかりません。先生がいくら正しいと思っても、先生の物差しと松井さんの物差しが同じとは限りません。人様の心は脆く移ろいやすいものだと醍醐も思っております。しかし、わたくしの経験を言うなら、本気の恋を貫く覚悟を決めたら、何も怖いものなどありません。わたくしの胸には常に、生涯ただ一度の恋を全うした妻が住んでおります。」
「今も?……」
「命がけで愛するつがいの相手は、生涯ただ一人。柏木醍醐には、それで充分です。人の気持ちというものは、共に過ごした時間じゃない、思いの深さで量るものです。」
うつむいたまま握り締めた美千緒の拳に、ぱたぱたと涙が落ちる。
「迷惑をかけるばかり……だと思って、離れたんです。それが、聡にたった一つ、ぼくができる愛情だと思って……きっと、無理をさせると思ったから……」
「大二郎に先生の本気の恋を見せてやってください。先生の胸に住んでいるお人が、外でお待ちです。」
「さあ、大二郎。」
まるで終幕の口上のように告げて、醍醐は美千緒の前から艶やかに去った。
少し長くなりました。(´・ω・`)
同じようでいて、説得力があるかどうかです。醍醐と大二郎の台詞に苦労しました。
しかも、妙に時代がかった醍醐さんと、中学生の大ちゃんの台詞の区別ってわかるかなぁ。
ちゃんと伝わればうれしいです。(〃゚∇゚〃) ←時間、かかりすぎ。
後、二話くらいで終わる予定です。
醍醐さんを一途に慕う羽鳥という劇団員もいるのですが、こちらはおいといて。
( *`ω´)羽鳥「おれにだって、生涯一度の恋なのに~~!」
(*⌒▽⌒*)♪がんばれ~。←他人事。
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