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流れる雲の果て……20 

幸せな大学時代を過ごした後、二人は別々の仕事に就いた。
聡は外資系の会社に。
美千緒はゼミの教授の紹介で、学芸員の職を得た。

「一緒に住まないか?」

言い出したのは聡だった。

「離れていても、美千緒の事ばかり考えてしまうんだ。正直に言うと、傍に居ないと不安でたまらない。自分でもこれほど独占欲が強かったのかと、驚いているくらいなんだ。」

「ぼくを好き……?本気でそう言ってるの?ぼくは、君の子供なんて産めないよ?」

「そんなことどうだっていい。美千緒が誰かのものになったら、おれは気が狂うかもしれない。相手を八つ裂きにして、美千緒を殺しておれも死ぬ夢を何度も見たよ。」

「聡がぼくに教えたんだ……色々な事。ぼくは、聡のものだよ……。聡の容を……きっとぼくのあそこは覚えてるよ。聡こそ、ぼくを捨てないでね。」

胸に抱きこんだ細い恋人は、頬を赤らめながら誘った。
至上の幸福の形だと思った。

いつまでもこの暮らしが続くようにと、見えない何かに祈った。

*****

不思議と美千緒は身内の話をしなかった。切れ切れに語った話をつなぎ合わせると、美千緒が高校の頃に母親が再婚して以来、家を出て独り暮らしをし、付き合いの無いこと。義父は地元では、それなりに事業を起こした成功者らしいということがわかった。

歓迎会で酔った時に一度、珍しく饒舌に話をしたことが有った。酒の力を借りて、いつかは伝えなければいけないことを吐き出すように、必死に言葉を選びながら美千緒は語った。

「何?親の事を話すの?」

「うん、聡……聞いてくれる?」

「美千緒が話したいのなら。」

「ぼくが家を出たのはね……再婚相手が怖かったからなんだ。」

「怖い?義理の父親が?」

「相手はね……身の回りの世話をする家政婦が欲しかっただけなんだ。母じゃなくても良かったんだよ。事業をしてたから、パーティとかに同伴して行く世間体を取り繕うための形ばかりの妻が必要だったみたい。しかもね……色情狂っていうのかな、お母さんと結婚した後も、留守の間に愛人を何人も家に引き込むような下衆だったよ。余りに相手が悪いと思って止めたんだけど……母親には、ぼくがいるからこれまで一人で再婚もせずに来たんだ、幸せになるのを邪魔する気かって罵られたよ。」

「それでも結婚してしばらくはその程度で、大人しくしていたみたいなんだけど、そのうち闇で金を貸していたそいつが、借金が払えない相手の子供を連れ込んだことが有って……。」

聡はみるみるうちに青ざめた美千緒の顔色を窺った。

「美千緒。気分が悪くなるような話なら、無理に話さなくてもいい。」

「ううん、聞いて、聡。……男の子だったんだ。泣き声に気付いて寝室を開けたら、真っ裸でかたかた震えてた。聞けばね、一家心中するよりいいだろうとか、おじさんがやくざから助けてやるとか言って、無理やり連れて来られたみたい。あいつは何も知らないその子を、玩具にする気だったんだよ。恐ろしい道具が寝室の引き出しからのぞいているのを見たとき、吐きそうだった。」

「なんて奴だ……。」

「そう思うでしょう?ぼくもそう思ったよ。だから、その子を何とか逃がしてやったんだけど……その時に、腹を立てたそいつが、ぼくを殴りながら言ったんだ。ぼくはね……そいつの血を引いてるんだって。だからいつかは綺麗ごとを言うぼくも、そいつと同じように淫奔に走るだろうって。」

「え……っ、なんで?」

「ぼくの母は、父と結婚する前、そいつと付き合ってたんだって。お腹にぼくがいる頃、議員の娘との縁談が起きて、母を捨てたらしいんだ。父は全てを分かっていたらしいけど、そいつが言うには金を積んだから、父親はお前を引き受けたんだ。どこの世界に望まぬ子供を身ごもった女を引き受けるような馬鹿な男がいるものか……って。おまえは誰にも望まれずに生まれて来たんだ……って言われた。」

多感な時期に知った事実は、完膚なきまでに美千緒を打ちのめした。
そんなの違うと叫んだが、時折、自分を見つめる父の目が酷く寂しそうだったのを思い出したと美千緒は泣いた。
子どものように昔語りをしては泣き、誰かを好きになるのが怖かったと、酔った美千緒は声を震わせた。

「だって……だってね。いつかは義父みたいになってしまうのかと思うと、まともな恋愛なんて出来なかった。聡を……好きになってしまったのも、本当は怖い。聡と抱き合ってると、もっと愛してほしいと思ってしまうから。いつかは愛想尽かしされるんじゃないかと思ったら、胸が苦しくなるんだよ。」

「美千緒……それはあたりまえの感覚だ。好きになったら相手と一緒に居たい、相手に触れたいって思うのは、悪いことじゃない。」

「でも、怖かったんだ。どんどん聡を好きになって、満たされた向こうに何が有るのか……怖かったんだ。」

奥手に見えた美千緒は、生まれるべきではなかった自分は、誰かを愛してはならないと、自分に枷を掛けて生きて来たのだった。

聡はただ、抱きしめるしかなかった。




お酒の力を借りなければ、とても話せない美千緒の影。
全てを知っても聡は美千緒の傍に居たいと思っていました……でも……(´・ω・`) ←まだあるんか~い。

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