流れる雲の果て……24
顔を上げた美千緒は、はじめて見る穏やかな表情をしていた。その顔に、もう愁いは無い。
「また明日ね、大ちゃん。」
「明日の朝ごはん、おみおつけの実は、美千緒さんの好きなわかめと油揚げと豆腐だよ。二人で一緒に来て。みんなで待ってるから。」
「ありがとう。楽しみにしてる。」
美千緒は、語る大二郎の背後に視線を向けた。するりと身をひるがえし、大二郎は松井と入れ替わった。
大衆演劇の演目の最後は、いつも大団円と決まっている。
掛けた芝居がどれほど悲しい話でも、一度幕が下りたのちは、役者は笑顔でもう一度お客さまの前に現れる。
束の間の明暗、陰と陽、日替わりで訪れる泡沫の結末に、人々は泣き笑い、自分の人生を重ねて夢を見る。
恋人たちはやっと互いの温度を感じることができた。
「美千緒。」
「うん。」
「ばか。心配させやがって。」
「うん。……聡、少しやせた?」
「痩せたのはお前だろう。病院の先生も、尾関さんは思い詰めた顔で、痛みどめだけ打ちに来るんですって心配してたぞ。今度、勝手な事をしたら許さないからな。」
「う……ん。捜してくれて、ありが……とう。」
ひゅっと喉が鳴る。嗚咽が迸り、美千緒は松井の胸に陥落した。求めていながら手放した厚みのある胸板に顔をうずめた。
「ごめん……ね。聡。逢いたかった。」
「やっと素直になったな。意地っ張りめ。」
「あったかい……」
聡はやっと捕らえた者に、腕を回しきつく力を込めた。二度とふたたび、羽ばたくことが出来ないように。
「さっきの子ね、座長さんの息子なんだけど、ぼくの生徒なんだ。とてもいい子でしょう。すっかり教えられてしまった。」
「おれも本当はどうすればいいのか迷っていたんだけど、座長さんに背中を押してもらったよ。もう迷わない。美千緒の本音がわかった以上、おれはおれの思ったようにする。」
「聡。」
二人は離れていた時間を埋めるように、抱き合って語り合った。
乗り越えなければならない問題もあったが、醍醐の言うように一度決めてしまえばもう恐れることはなかった。
「美千緒の両親に会って来るよ。本当は、気になってるんだろう?」
「うん。電話口で泣かれてしまったから。泣きたいのはこっちのほうなのにね。」
「美千緒には悪いと思ったんだけど、マンションを処分したんだ。向こうには、まとまった金が必要なんだろう?気に病むなよ。おれがそうしたかったから、勝手に売りに出したんだ。今は、元のアパートに住んでる。」
「そっか……あのカーテンレール好きだったのになぁ。」
「そう言うと思ってたからさ。」
がさごそと鞄を探り、美千緒の手の中に置かれたものを見てとうとう美千緒は笑い出してしまった。
「うっそ。取ってきちゃったの?あはは……」
美千緒が好きだと言ったカーテンレールの黒い三枚の葉の形のギボシだった。
「欲しかったんだよ。嬉しい……聡の気持ち。形に残ってた。」
「おれから逃げ出そうとしたの、ずっと根に持つからな。全く、素直じゃないんだから。」
「ごめん……ごめんね、聡。」
聡のシャツに温かい涙が滲みた。
たった一人の道行は、やっと終わりを告げた。
物語の終幕の時が近づいていた。
長かった美千緒の旅も終わりです。
いよいよ、明日で完結します。(〃゚∇゚〃)
本日もお読みいただきありがとうございます。
拍手もポチもありがとうございます。とても励みになっています。此花咲耶
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「また明日ね、大ちゃん。」
「明日の朝ごはん、おみおつけの実は、美千緒さんの好きなわかめと油揚げと豆腐だよ。二人で一緒に来て。みんなで待ってるから。」
「ありがとう。楽しみにしてる。」
美千緒は、語る大二郎の背後に視線を向けた。するりと身をひるがえし、大二郎は松井と入れ替わった。
大衆演劇の演目の最後は、いつも大団円と決まっている。
掛けた芝居がどれほど悲しい話でも、一度幕が下りたのちは、役者は笑顔でもう一度お客さまの前に現れる。
束の間の明暗、陰と陽、日替わりで訪れる泡沫の結末に、人々は泣き笑い、自分の人生を重ねて夢を見る。
恋人たちはやっと互いの温度を感じることができた。
「美千緒。」
「うん。」
「ばか。心配させやがって。」
「うん。……聡、少しやせた?」
「痩せたのはお前だろう。病院の先生も、尾関さんは思い詰めた顔で、痛みどめだけ打ちに来るんですって心配してたぞ。今度、勝手な事をしたら許さないからな。」
「う……ん。捜してくれて、ありが……とう。」
ひゅっと喉が鳴る。嗚咽が迸り、美千緒は松井の胸に陥落した。求めていながら手放した厚みのある胸板に顔をうずめた。
「ごめん……ね。聡。逢いたかった。」
「やっと素直になったな。意地っ張りめ。」
「あったかい……」
聡はやっと捕らえた者に、腕を回しきつく力を込めた。二度とふたたび、羽ばたくことが出来ないように。
「さっきの子ね、座長さんの息子なんだけど、ぼくの生徒なんだ。とてもいい子でしょう。すっかり教えられてしまった。」
「おれも本当はどうすればいいのか迷っていたんだけど、座長さんに背中を押してもらったよ。もう迷わない。美千緒の本音がわかった以上、おれはおれの思ったようにする。」
「聡。」
二人は離れていた時間を埋めるように、抱き合って語り合った。
乗り越えなければならない問題もあったが、醍醐の言うように一度決めてしまえばもう恐れることはなかった。
「美千緒の両親に会って来るよ。本当は、気になってるんだろう?」
「うん。電話口で泣かれてしまったから。泣きたいのはこっちのほうなのにね。」
「美千緒には悪いと思ったんだけど、マンションを処分したんだ。向こうには、まとまった金が必要なんだろう?気に病むなよ。おれがそうしたかったから、勝手に売りに出したんだ。今は、元のアパートに住んでる。」
「そっか……あのカーテンレール好きだったのになぁ。」
「そう言うと思ってたからさ。」
がさごそと鞄を探り、美千緒の手の中に置かれたものを見てとうとう美千緒は笑い出してしまった。
「うっそ。取ってきちゃったの?あはは……」
美千緒が好きだと言ったカーテンレールの黒い三枚の葉の形のギボシだった。
「欲しかったんだよ。嬉しい……聡の気持ち。形に残ってた。」
「おれから逃げ出そうとしたの、ずっと根に持つからな。全く、素直じゃないんだから。」
「ごめん……ごめんね、聡。」
聡のシャツに温かい涙が滲みた。
たった一人の道行は、やっと終わりを告げた。
物語の終幕の時が近づいていた。
長かった美千緒の旅も終わりです。
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