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流れる雲の果て……22 

「でも……」と、松井聡はうなだれた。

「それからしばらくして、美千緒の具合が悪くなりました。先ほどお話した通り、二人で闘病してゆこうと相談して決めました。おれも働いていますし、美千緒が職場で入った保険もありましたから金銭面で困ったことはありません。」

「ただ、おれのいないときに美千緒に、疎遠になっていた母親から電話があったみたいです。」

「それは、金の無心ですか?」

松井は驚いたようだったが、世間をわかっている柏木醍醐には、簡単に想像がついた。

「ええ、その通りです。美千緒は古風な考え方をする男で、きっとおれに寄りかかるような真似が出来なかったんです。傍に居ると、おれに迷惑をかけると思ったのかもしれません。」

聡はこくりと継ぎ足された茶を飲んだ。

「おれが眠っている時に掛かって来た電話は、義父の事業が不渡りを出したので、少しでも助けてほしいというものでした。美千緒には学生ローンの返済もあって、何度も断っていたのですが、執拗に電話は続いたようです。いっそ着信拒否でもすれば良かったのでしょうが、美千緒は母親を捨てられませんでした。家を出ても、電話番号は変えていませんでしたから。美千緒は、電話の有った次の月から、貰った給料の殆どを実家に送っていたようです。」

「そういう優しい方だからこそ、松井さんも先生を懸命に探されたんですね。大二郎も先生をとても好いておりますよ。」

目許に朱が入り、松井はじっと醍醐を見つめた。
はらはらと涙が静かに零れた。

「美千緒に逢わせてください。お願いします。ここにマンションを処分した金が有ります。美千緒の気が済むようにしてやりたいと思って、手放してきました。あいつは、自分の保険の死亡受取人も母親の名前にしています。小さい頃、自分に優しかった母親と父親の姿を未だに大切に思っているようなやつです。おれに出来る事は、美千緒の残された時間、傍に居てやることだけです。一人にさせたくないんです。」

手をつき頭を下げる松井聡を見つめていた大二郎は、黙って抜け出すと、美千緒の住むアパートへ自転車を走らせた。

*****

その頃、美千緒はぼんやりと天井を見上げていた。一つだけ鈍く点いた電気の明かりに手をかざし、ずいぶん細くなってしまったとため息を吐いた。
声を掛けてきた男の影を、最初、幻だと思った。どれほど忘れようとしても決して忘れられない声が、耳朶に残った。懐かしい低い優しい声。

『美千緒』

何度も甘くよばれた自分の名前。

『美千緒……』

「ああ……聡……」

しんなりとした細い茎に絡んだ長い指を覚えていた。添わせた指はそれから、ゆっくりと先端を弄り、こぷりと溢れた蜜が最奥へと塗り込められる。
聡の手順を、身体が覚えていた。
なぞって高まり、小さな喘ぎが狭い部屋に響く。
大好きな恋人を覚えている自分の紅い肉襞が、指先を噛んで締めつけた。




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