優しい封印 15
「月虹さん~…」
「なんて顔してやがる。お袋さんが逢いに来てるってのに、そんな面で会わせるわけにはいかないな。ほら、せっかく来たんだから入って洗って来い。」
六郎に借りたぶかぶかの派手なジャージをすぽんと脱がせてしまうと、月虹は涼介を軽々と抱えて湯船に放り込んだ。
「わ~~っ!」
派手な水音を立てて、頭から落とされた涼介だった。
「うわっ!あっつ!あっつ~~~!!」
先に湯船に入っていた劉二郎が、頭からしぶきを浴びて思わず怒声を上げた。
「やかましいっ、涼介っ、静かにしねぇか。男は黙って熱い風呂だろ~が!」
「じいちゃん~、渋すぎだろ。こんな熱い風呂、身体に悪いぞ。身が少ないんだから、気を付けないと炊けちゃうぞ。」
口をとがらせた涼介の頭を、劉二郎は黄色のケロリン洗面器でぱこんと張った。
「肩まで入って、100数えろ。」
「おれ、小学生じゃないぞ~。」
泣いた烏は、いつの間にか湯船で笑っていた。ふと真顔になって、涼介は劉二郎に頭を下げた。
「じいちゃん、ごめんね……。おれがとやかく言う事じゃないのに。じいちゃんの背中見て怖かったこと思いだしたんだ。帰ったらちゃんと話するから……」
「話したくなったらで良いって言っただろう。気にすんな。こんなもん背負ってるからな、後指さされるのは昔っから慣れっこだ。」
「じいちゃんはさ……893なの?」
「そうさなぁ。893ってのは自分で言う事はあっても、人に言われるとちょっと引っかかるかな。じいちゃんは、任侠とか極道と言われる方が好きだな。」
劉二郎は涼介に色々な話をした。涼介には半分くらいしかわからなかったが、それでも一生懸命聞いた。
「なんで、893って言うのが嫌いかっていうと、おいちょかぶってのがあってな。」
「うん。」
「花札っていや、聞いたことが有るだろ?それとは、また札が少し違うんだが、トランプみたいなもんだ。」
「それの目で、8・9・3て言うのが最も弱いブタの目になるんだ。だから役に立たねぇ者のことを893っていうんだよ。」
「……ジョーカーってことか。」
話は今一つ分からなかったが、涼介は黙って話を聞いた。
「若気の至りという事もあるんだがな。若かった俺は、世間に舐められちゃいけねぇ一心で、これを入れたんだ。」
「じいちゃんのお母さんとかお父さんとかは、何も言わなかったの?」
「俺の親は、空襲で焼け死んじまったからな。意見したくてもできなかったのさ。生きてりゃ、親に貰った身体に墨なんざ入れるなって怒ったかもしんねぇな。」
「そっか……じいちゃんも苦労してきたんだ。」
「おう。俺もガキだったが、今の東京駅辺りで浮浪児をまとめてな。ここの風呂屋の親父もそん頃からの付き合いだ。あん頃の食えない苦労に比べりゃ大抵の事は辛抱できる。生きてさえいりゃあ、何とかなるもんさ。涼介だって一人で生きてるわけじゃねぇだろ?こうやって、じいちゃんとも知り合いになったし、世の中まんざらじゃねぇぞ……って。おい、涼介?」
ぶくぶく……
身体中を真っ赤に染めた涼介が、ぷかりと湯船に浮かんだ。
「劉二郎さん。坊が浮んだぜ?」
「おお……こりゃ、うっかり話しこんじまったな。お~い、月虹、涼介がのぼせたぞ。水かけてやってくれ。」
年寄り連中に抱えられて、湯船から出された涼介はすっかり湯あたりをしてのぼせ上っていた。
「涼介。大丈夫か?」
「じ……じいちゃん達……半端ねぇ……」
「ははっ……そうだろ?おれも最初、おやっさんと話をしているうちに、ここの風呂屋でのぼせてな。あれから、おやっさんには頭があがらないんだ。」
涼介は月虹の背中に乗って、鴨嶋組に戻ってきた。
本日もお読みいただきありがとうございました。
じいちゃんと話しているうちに、涼介は湯船に浮かんでしまいました。(*⌒▽⌒*)♪
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