優しい封印 16
「……川口由紀子と申します。この度は涼介が御厄介になりまして、お礼の言葉もございません。本当にありがとうございました。息子まで失っていたら、私はもう立ってはいられませんでした。」
鴨嶋劉二郎は、手を付いた母親をねぎらった。
「袖すりあうも多生の縁とやら……ですよ。こうして涼介に関わったからには、この年寄りも、手を貸してやろうと思っとります。」
母親は深々と頭を下げた。下げたきり上げられなかった。
肩が震えている。
「奥さん。まずは、ご主人の遭った災難に関して、できる限りの情報が欲しいとおやっさんがおっしゃってます。餅は餅屋と言いますからね。極道のやり口は、素人さんよりも親父の方が詳しいはずです。」
「月虹さん……では、主人から聞いた話を、鴨嶋さんにもお話します。」
「そうしてください。六郎、書くもの持って来い。」
*****
「主人を連れ去ったのは、おそらく義兄本人だと思います。子供のころから、主人は義兄を押さえる役として傍に居たそうで、本家に養子に行ったのも義兄が主人を欲しがったからだと聞いて居ます。」
「というと……?」
鴨嶋の目が色を変えた。
「元々、親戚で主人の方は分家でした。親の借金の穴埋めで養子に入るしかなかったと言っておりました。義兄は乱暴者で、周囲では悪い仲間しか義兄を相手にしなかったそうです。窃盗や万引き、無免許運転など殺人以外の悪さは全てやったはずと、求さん……主人が話してくれました。田舎の両親は地元の名士として議員などもするような家で、ただ一人、お義兄さんだけが変り種で、高校を出てから田舎を追われるように出て行ったそうです。」
「兄貴の名前は、なんてぇんだ?」
「間島準一郎……年は38か39歳だと思います。主人と8歳違いだと聞いております。」
「おやっさん……」
月虹の手が止まった。
「……間島か……。涼介が俺の背中見て、泣いたのはそう言う事か……。ちょいと厄介だな、月虹。」
「じいちゃんっ!あいつのこと知ってるのか?」
からりと襖を開けた涼介が、浴衣をはだけたまま転がりこんできた。
「盗み聞きはよくねぇな、涼介。」
「聞こえて来たんだよっ。じいちゃん、おれ覚えてるんだ。あいつの背中は一面赤かった。着ていた白いシャツに透けて見えるほど、うんと派手なオレンジ色に近い赤色だったんだ。鯉のぼりみたいな、でかい魚だったと思う。」
劉二郎はそこへ坐れと促した。
「いいか、涼介。今はおまえの父親を探す算段をしている。広いようでいて極道の世界ってのは、案外狭いもんだ。大きな組同士は大抵繋がりがあるし、幹部同士は個人的な付き合いがあることさえある。組織として未だに生き残っているような大きな所は、それなりのルールを持っている。」
「893もルールを守らないと……いけないってこと?」
「そうだ。涼介は賢いなぁ。仁義ってのは大事だぞ。牛のクソにも段々があるように、物事には順序ってぇもんがある。俺の持っているつてをたどれば、涼介の父(てて)親をさらったって言う男に会うことはできると思う。だがなぁ、方法を誤れば二度とお父さんには会えないぜ。知らぬ、存ぜぬで隠しちまえば、それきりだ。涼介の口をふさいじまえば、ただ一人の目撃者もいなくなる。闇雲に騒げば、お袋さんは2柱の位牌を抱いて泣くことになる。」
うん……と、歯を食いしばって頷いた涼介は、声を出さずに泣いた。
物事は自分が思っている以上に、厄介なようだ。
「なぁ、涼介。俺ぁ、おめぇが可愛いぞ。もし孫がいたら、こんなもんかなと思うぜ。」
「じいちゃ……ん。」
「角のコンビニに、煙草買いに行って来てくれるか?両切りピースな。つり銭で好きなもの買って来い。」
「行って来る。」
ぐいと涙を拭って、涼介は月虹が渡した一万円を掴んだ。自分に聞かせたくない話をするのだと思った。
「お母さん。大丈夫だよ。お父さんとおれ、きっとまた一緒に暮すって約束したから。じいちゃんに、相談に乗ってもらって。」
駆け出した涼介を、静かに六郎が追った。
「うちはちっぽけな組で、極道の中では一本独鈷と言われている変わり者です。しかし、お預かりすると鴨嶋のおやっさんが決めた以上、絶対に涼介は守ります。」
涼介の母親、川口由紀子は、再びその場に深々と頭を下げた。
本日もお読みいただきありがとうございます。(*⌒▽⌒*)♪
ストックが無くなって、毎日更新ができなくなってきました。(´・ω・`) ……
なるべくがんばりますので、よろしくお願いします。(`・ω・´)此花咲耶
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