優しい封印 14
化粧の下に隈を隠して微笑んでいたが、笑顔さえも無理して浮かべているように見えた。職業柄、月虹は顔色や気持ちの機微を読むのに長けている。
「さあ……、そろそろ行きましょうか。涼介君が待っていますから。」
「久しぶりに、落ち着いて食事をした気がします。ありがとうございます。ご心配をおかけしたんですね。」
さり気なく気を使ったはずなのに、読まれているのに驚く。この人も、人の顔色を読みながら生きて来たのだろうか。
「月虹ちゃん。これ、劉二郎さんに届けてくれる?」
「ああ、おかみさん、いつもありがとうございます。おやっさんが喜びます。近いうちに若い新顔連れてきますから、美味い飯食わせてやってくださいね。」
小さく指でわっかを作って、店の主人が請け負ったのに会釈を返し、月虹は店を出た。
話を聞く限り、父親を連れ去った男は一筋縄ではいかない気がする。自分よりも鴨嶋の方が力になれるのではないかと思う。帰って相談してみようと思った。
「月虹の兄貴!」
「どうした?六。」
「おやっさんが涼介と銭湯に行ったんすけどね、なんか涼介が泣いてるって、銭湯の親父から電話が入って、連れに行くところっす。意味わかんないっすよ……あれ、そちらさんは?」
「涼介のお袋さんだ。お前、取りあえず家までお連れしろ。銭湯にはおれが行くから。」
「六郎っす。お袋さん、ご案内します。直ぐ近くですから。」
*****
「泣いてる……ってなんだ?」
近くの銭湯に行こうと、劉二郎に誘われて、涼介は喜んでついて行ったらしい。
涼介には鴨嶋組が極道だとは話をしていないが、劉二郎が銭湯の脱衣場で、素人相手に何かしたとは考えにくかった。
銭湯では数人が座り込んだ涼介を取り囲み、宥めたりすかしたりしているところだった。
貰ったコーヒー牛乳の瓶を握り締めて、涼介はしゃくりあげていた。
「おやっさん?」
「おう、月虹。すまんな。涼介が紋々を見るなり、いきなり泣いちまってなぁ。どうやら、怖がらせちまったみたいだ。」
「ああ……それで、泣いたのか。」
鴨嶋劉二郎の背中には不動明王の入れ墨が入っている。普通なら、銭湯には入湯禁止の張り紙が出ているが、劉二郎は地域(シマ)の揉め事を先頭に立って解決してきた顔役として、町に馴染んでいた。銭湯の主は同級生で、たまに劉二郎が顔を出すのを喜んでさえいる。
「劉ちゃん。大丈夫かい?」
「月虹が来たからな。俺ぁ、一っ風呂浴びてから帰るよ。」
立ち上がった劉二郎の背中一面には、朱色の迦楼羅焔(かるらえん)が広がっていた。中央に不動明王、八大童子のうちの2名、矜羯羅童子(こんがらどうじ)と制吒(多)迦童子(せいたかどうじ)を両脇に従えた三尊の図柄は華美なものだったが、燃える朱赤に涼介は父を蹂躙していた男の背中の彫り物を思い出し泣いてしまった。
「涼介。月虹と先に帰ぇんな。」
「……うっ……うっ……ごめん、じいちゃん。じいちゃんが悪いんじゃないのに、おれ……びっくりして、思いだしちゃって……赤い色だったんだ。シャツの背中に透けてたんだ。だから……わ~ん……」
月虹はふっと笑うと、がしがしと涼介の頭を混ぜた。
本日もお読みいただきありがとうございます。
(´;ω;`) 涼介「じいちゃん、ごめんね……」
じいちゃんの背中にあるのは、不動明王なのです。
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