優しい封印 9
まだ顔に幼さの残る涼介の抱えた苦悩が、抱えきれないほど深刻なものだとは思わなかった。
母親の再婚相手と折り合いが悪くて家を出て来たと、涼介はぽつりと嘘をついたきり、がつがつと大盛りの牛丼をお代わりしながら、だから、家には帰れないんだと……視線を彷徨わせた。それは他人の前で、身を守ろうとする本能が言わせたのかもしれない。
ネオンの煌めくこの町で出会った住人は、誰も涼介に優しくなかったから……。
涼介は飯を食わせてくれる、目の前の煌びやかな男を、まだ信用してはいなかった。
まるで作り物のように綺麗な男は、細身のスーツを着こなし、涼介が食べるのを優しく微笑んで見ている。
涼介は嘘を吐いた後ろめたさから視線も交わさず、ほろほろと涙を溢れさせながら、黙々と飯を口に運んだ。
「おいおい。ゆっくり噛んで食えよ。」
「……おかわり。ひっく……」
「ははっ。」
*****
一宿一飯のひよこを、心配しているはずの親元に戻してやろうと、月虹は何度もどこから来たんだと聞いたが、涼介は何も話さなかった。
どう話を向けてもはぐらかしてばかりで、結局、諦めた月虹は涼介のしたいようにさせることにした。
「さあ、行くぞ。」
「え……?」
「飯を食ったら子供はもう寝る時間だ。いいから付いて来い。」
月虹は自分が世話になっている鴨嶋組に、腹の膨れた涼介を連れて行った。
組と言っても、組長は高齢で、組員は数人しかいない。代紋のかかった応接室や、立派な事務所もない。それなりに玄関は生花なども活けられて、体裁を整えているが、知らない者はここが極道の鴨嶋組とは思いもよらないほど、一見ごく普通の家屋だった。
「おやっさん。しばらくこいつを傍に置いて面倒見てくれませんかね。幻夜の寮で、ホストと一緒に寝泊まりさせるには、ガキ過ぎるんですよ。」
「なんだよ。ずいぶん可愛らしいのを連れて来たなぁ。中坊かい?いくつだ?」
「おれ……じゅ、18っす。」
「嘘つくんじゃねぇ。まだ、毛も生えてないだろうが。」
老人は笑いながら、容赦なく拳骨を食らわせた。
「酷いよ~、じいちゃんったら、思いっきりぶつなんて。年よりの癖に力あるなぁ。」
「こら。おやっさんに、なんてぇ口聞きやがる。この人はなぁ……」
「月虹、いいってことよ。物おじしなくて可愛いじゃねぇか。じいちゃんで良いぞ。お前、名前は何て言うんだ?」
「涼介っす。川口涼介と言います。」
「そうか。俺は、鴨嶋劉二郎(かもしまりゅうじろう)ってんだ。ゆっくりしていきな。」
「なんか、かっこいい名前だね。ありがと。じいちゃん。」
「此処にいるのは、行き場の無いやつばかりだ。この月虹も、おれが拾ったんだ。まあ、おめぇの先輩ってところだな。ちゃんということを聞くんだぞ。」
神妙に頭を下げた涼介は、やっとほっとしてごしごしと目許をこすった。
「とりあえず、そうだな。涼介、おめぇの仕事だが、明日っから俺が風呂に入るのを手伝ってくれるかい?年を取ると足元がおぼつかなくてなぁ。」
「風呂?」
「ああ。月虹は商売柄、真夜中じゃないとけえって来ねぇんでな。俺は時々、風呂にも入らず寝ちまうんだ。」
「じいちゃん、おれっ。社会科体験実習で、老人ホームでボランティアしたことある。」
「そうかよ。そいつは頼もしいなぁ。早速、頼まぁ。」
「はい。お、お世話になります。」
月虹が思った通り、涼介は鴨嶋組の年寄りに気に入られた。
この町に流れてきた涼介は、やっと居場所を得た気がしていた。
本日もお読みいただきありがとうございます。(*⌒▽⌒*)♪
やっと居場所を見つけた涼介です。
(。´・ω`)ノ(つд・`。)・゚+「じいちゃん……」
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