優しい封印 13
「きっと、彼らにはもうそれしか、お金を作る手段が残されていなかったんだよ。だから、僕は今でも両親を恨んだりしていないんだ。むしろ、助けてあげられて良かったと思っている。」
「そう……」
「でなければ、きっと首でも括るしかなかっただろうね。ただ一人の子供を手放すんだから、それだけ追いつめられていたんだって思うよ。」
涼介の母に結婚を申し込む前、求は自分のことを知ってほしいと、赤裸々に色々なことを語っていた。中には胸の痛くなるような話も含まれていた。
自分を養子にしたのと引き換えに、両親がかなりのまとまった金額を手に入れたこと。
小さな工場を再建することはできなかったが、たぶん債権者には返済できたはずだと、求は話をした。
養子と言っても中学、高校の間、本家に一緒に住むだけだと、叔父夫婦は五年生の求を誘った。勉強を頑張れば、大学へも進ませてやる、そんな話に学校の先生になりたかった求の心は動いた。
両親はいつも仕事が忙しく、求は家に居ても一人だった。
いつでも帰りたいときに、自由に実家にも帰っていい。養子何て紙切れ一枚だけの話なんだからね……そんな甘言を養父は笑顔で口にした。
粗暴で手の付けられない息子が求を欲しがったことは、秘密にされていた
「僕は子供で何もわかっちゃいなかった。だからね、それで両親が助かるのならいいかなって思ったんだ。」
妻になる人は黙って話を聞いた。
裕福な家庭に育ち、何の苦労もしていないように見えた青年は、養子先となった鬼の棲家で地獄のような日々を送っていた。
*****
「……そんな大事な話を、初めて会ったばかりのおれに話してもいいんですか?」
静かに聞いて居た月虹が、話の腰を折った。
月虹に電話をもらった母は、涼介と会う前に二人きりで話をしたいと言い、駅近くで会うことになった。涼介にも話せない夫の話を、涼介を託す人に会ってみてから、話すかどうか決めるつもりだった。
母は既に、電話でのやりとりと態度から、月虹の本質を誠実なものと見抜いていた。会ってみれば見たこともない美貌の男で驚いたが、会話を交わすうちに思い切って話をしようと思った。
待ち合わせた駅から連れだって歩けば、周囲が親しげに声を掛けてくる。やがて、一軒の小さな定食屋の前で、仙道月虹と名乗った男は暖簾をくぐった。
「どうぞ。此処がおれの行きつけの店なんです。遠慮しないで好きなものを召し上がってください。一緒に住んでいるおやっさんの口にも合うんで、助かってるんですよ。」
もっと洒落た店が似合いそうな男は、お勧めはスタミナ定食と豚汁なんですと笑った。
人のよさそうな女性が、小鉢に入れたひじきとおからの煮物を、おまけしてくれた。
「ね?おいしいでしょう?」
「ええ。薄味でとても優しいお味ですね。わたしも、この味好きです。」
「そうですか、良かった。涼介……涼介君は電話でも話した通り、とても優しい子で、うちの年寄りとも馬が合うみたいです。今朝は、美味い味噌汁を作ってくれたって喜んでいましたよ。」
母は月虹にそんな話を聞いて、ほんの少し涙ぐんだ。
「あの子は……父親がいないせいか、年上の男の人が好きなんです。小さな子供みたいに、学校の先生も大好きで、懇談会に行く度に、慕ってくれて嬉しいと担任の先生が喜んでくださいます。きっと、寂しい思いをしてきたからでしょうね。」
「では、再婚したお父さんとも?」
「はい。とても仲が良くて……職場の人にも、親子というより兄弟にしか見えないって言われてました。主人はわたしよりも6歳も若いので、話が合ったのかもしれません。……あの……涼介は、あの人が連れ去られた時の話をしませんでしたか?」
「話をしたいけど、話せない。考えが上手くまとまらないと言っていました。お話を伺うと、義理のお兄さんと言う人が、お父さんを連れ出したようですが、その後の、ご主人の行方は分からないんですか?」
母は悲しそうな目で、向き合って坐る月虹をじっと見つめた。
「お義兄さんの行方はしれません。主人の義理の御両親に連絡したのですが、義兄とはとうに縁を切ったと言われました。お義兄さんは、高校生の頃にも今回のような事件を起こしていたそうです。」
「それは……?」
「……ご近所の方にお聞きしました。」
本家には求より大分年上の惣領がいて、粗暴で手が付けられないと言うのは、地元では有名な話だったようだ。求の両親は、気に入らなければ暴れる息子に手を焼いていたらしい。
どうやら、求の実の両親もそのことは知っていたようだ。
それでも、養子にやることにしたのは、その乱暴な高校生が求にだけは優しかったのを知っていたからだった。
従兄弟の大きなお兄ちゃんは、周囲から孤立していたが、唯一慕ってくれる求だけを大切にした。
本日もお読みいただきありがとうございます。(〃゚∇゚〃)
結婚する前に、求が妻に語った過去。
(´・ω・`) 色々あるね~
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