優しい封印 8
涼介と月虹の出会いの場面は「夜の虹」と重複しております。既視感を感じた方……正解です。(*⌒▽⌒*)♪
涼介が月虹と出会ったのは、それからしばらくしてからの事だった。
のろのろと立ち上がった涼介は、路地を出て再び繁華街の大通りに彷徨い出ていた。
行き交う者が時折、涼介の顔を覗き込んでは驚いたように離れた。連れの居るものは訝しげに囁き合った。
釦のとんだシャツの上に羽織った、脱げかけたスエット。殴られて腫れた頬。
幼さの残る貌は、この町に似つかわしくなかった。
それでも、時折誰かが声をかけ、その度に涼介は怯えて身をすくめた。誰を信じていいかもわからない。
奪われた懐の寂しさが、余計に涼介を心細くさせた。
一人ぼっちの涼介の頭上から、太陽が消えてゆく。
*****
恐ろしい毒牙を優しい笑顔の下に隠して、その男は途方に暮れた涼介の目の前に忽然と現れた。正面から真っ直ぐに、涼介を見つめた。
「坊や、訳ありかい?昨日からこの辺りをふらふらしてるね。どうしたんだろうって、見て居たんだよ。気になってね。」
「お金……盗られたから……。」
「そうか。大変だったな。どうしようかと迷ったんだが、昨日の内に声を掛けてやれば良かったな。」
涼介は、何と返事をしていいかわからなかった。
「泊まる場所がないんなら、小父さんちに来るか?いつまで居たっていいんだぜ。小父さんにも、そのくらいの甲斐性はあるからな。ん?金がないならホテルにも泊まれないだろ?まだ野宿は寒いもんなぁ。すっかり身体が冷え切ってるじゃないか。」
男は涼介の肩に、自分の着ていた厚いコートを着せかけた。
「と……泊めてくれるって……ほんと?」
「ああ、本当だ。全部言わなくてもいいよ。その格好を見ればわかるけど、坊やはわけありだろ?小父さんはさ、こう見えても面倒見がいいんだ。時々、坊やみたいに困った子の手助けをしてるんだ。」
涼介は、男の顔をじっと見つめた。本当に言葉通りに受け取ってもいいのだろうか。信用してもいいのだろうか……
「何、心配しなくても泊まり賃なんていらないさ。困ったときは御互い様だ。どうせ、一人暮らしなんだ。一晩でも二晩でも落ち着くまで、泊まって行けばいい。」
「……でも、そんな……悪いよ。」
「いいって、いいって。」
男は涼介の少ない荷物を手に取り、肩を抱いた。
「良かったぁ。ほんとは、おれ、すごい困ってたんだ。カツアゲされて怖かった。」
「そうか。この町には悪いことする奴が居るからなぁ。そうだ、腹も空いてるんだろう?飯でも食うか?」
「ん……。」
売り専バーにたむろする綺麗専の男に手を引かれ、心細さに鼻をすすった涼介は文字どうりお持ち帰りされる寸前だった。
この町には色々な趣向の住人がいる。
肩を抱かれた涼介が男と行きかけた時、店を出た所で男に気付いた幻夜のホスト、月虹が声を掛けた。
ただの恋のさや当てなら口を出す気はなかったが、相手が、堅気にも容赦ない性質の悪い男だったと知っていたから、つい仏心を出してしまった。真正サディストのこの男に関わって病院送りになった者は、月虹が知る限り一人や二人ではない。
月虹が勤める幻夜の新人ホストも一人、田舎から出て来たばかりの時、毒牙に掛かって泣きを見たことがある。
「よぉ……おっさん。こいつおれの知り合いで捜してたんだけど、未成年って知ってて手ぇ出してる?おれの面くらい知ってるよね?幻夜の新人ホストが一人、仇を討ってくれって泣きを入れて来たぜ?ずいぶん世話になったらしいじゃないか。」
この町で月虹を知らない者など、よそ者くらいしかいなかった。
男はざっと顔色を変えた。相手は数人いて、どう見ても自分の方が分が悪い。
「え……?こいつが月虹さんの、連れって……。やべ……え~と。いや、いやいや~。あ、ちょいと、野暮用思い出しちまったな~。あ、君、またいつか縁があったら会おうね。せっかく知り合ったのに、ごめんね~。」
青ざめた男は、その場から逃げるように消えた。涼介はその場に呆然として立ち尽くしていたが、しばらくすると、くるりと振り返って月虹に文句を言った。
「あんた、何してくれてんだよ~。あの小父さん、今夜泊めてくれるって言ってたのに。飯食わせてもらうんだったんだぞ。」
「馬鹿野郎、飯の後でお前が骨まで食われるのを、助けてやったんだろうが。」
「え?おれが食われるって……なんだよ?おれ、食いもんじゃないもん。」
「……ガキ。」
月虹は思わず噴いた。
「おまえ、中坊か?何も知らないけつの青いガキが、こんなところをのこのこ歩いてるんじゃないぞ。この街じゃ、ちょいと見かけの良い子は油断すると食われるんだよ。まあ、いい。来な、腹が減ってるんだろう?飯くらい、あいつの代わりにおれが食わせてやるよ。」
「お……おれ、ずっと何も食って無くて……お腹すいたぁ……わ~ん。」
いきなりその場で腹が減ったとしゃがみ込み、涙にくれた涼介にたらふく飯を食わせてやったのが二人の出会いだった。
本日もお読みいただきありがとうございます。
出会いの後は、違うエピソードを拾ってゆきます。 此花咲耶
涼介が月虹と出会ったのは、それからしばらくしてからの事だった。
のろのろと立ち上がった涼介は、路地を出て再び繁華街の大通りに彷徨い出ていた。
行き交う者が時折、涼介の顔を覗き込んでは驚いたように離れた。連れの居るものは訝しげに囁き合った。
釦のとんだシャツの上に羽織った、脱げかけたスエット。殴られて腫れた頬。
幼さの残る貌は、この町に似つかわしくなかった。
それでも、時折誰かが声をかけ、その度に涼介は怯えて身をすくめた。誰を信じていいかもわからない。
奪われた懐の寂しさが、余計に涼介を心細くさせた。
一人ぼっちの涼介の頭上から、太陽が消えてゆく。
*****
恐ろしい毒牙を優しい笑顔の下に隠して、その男は途方に暮れた涼介の目の前に忽然と現れた。正面から真っ直ぐに、涼介を見つめた。
「坊や、訳ありかい?昨日からこの辺りをふらふらしてるね。どうしたんだろうって、見て居たんだよ。気になってね。」
「お金……盗られたから……。」
「そうか。大変だったな。どうしようかと迷ったんだが、昨日の内に声を掛けてやれば良かったな。」
涼介は、何と返事をしていいかわからなかった。
「泊まる場所がないんなら、小父さんちに来るか?いつまで居たっていいんだぜ。小父さんにも、そのくらいの甲斐性はあるからな。ん?金がないならホテルにも泊まれないだろ?まだ野宿は寒いもんなぁ。すっかり身体が冷え切ってるじゃないか。」
男は涼介の肩に、自分の着ていた厚いコートを着せかけた。
「と……泊めてくれるって……ほんと?」
「ああ、本当だ。全部言わなくてもいいよ。その格好を見ればわかるけど、坊やはわけありだろ?小父さんはさ、こう見えても面倒見がいいんだ。時々、坊やみたいに困った子の手助けをしてるんだ。」
涼介は、男の顔をじっと見つめた。本当に言葉通りに受け取ってもいいのだろうか。信用してもいいのだろうか……
「何、心配しなくても泊まり賃なんていらないさ。困ったときは御互い様だ。どうせ、一人暮らしなんだ。一晩でも二晩でも落ち着くまで、泊まって行けばいい。」
「……でも、そんな……悪いよ。」
「いいって、いいって。」
男は涼介の少ない荷物を手に取り、肩を抱いた。
「良かったぁ。ほんとは、おれ、すごい困ってたんだ。カツアゲされて怖かった。」
「そうか。この町には悪いことする奴が居るからなぁ。そうだ、腹も空いてるんだろう?飯でも食うか?」
「ん……。」
売り専バーにたむろする綺麗専の男に手を引かれ、心細さに鼻をすすった涼介は文字どうりお持ち帰りされる寸前だった。
この町には色々な趣向の住人がいる。
肩を抱かれた涼介が男と行きかけた時、店を出た所で男に気付いた幻夜のホスト、月虹が声を掛けた。
ただの恋のさや当てなら口を出す気はなかったが、相手が、堅気にも容赦ない性質の悪い男だったと知っていたから、つい仏心を出してしまった。真正サディストのこの男に関わって病院送りになった者は、月虹が知る限り一人や二人ではない。
月虹が勤める幻夜の新人ホストも一人、田舎から出て来たばかりの時、毒牙に掛かって泣きを見たことがある。
「よぉ……おっさん。こいつおれの知り合いで捜してたんだけど、未成年って知ってて手ぇ出してる?おれの面くらい知ってるよね?幻夜の新人ホストが一人、仇を討ってくれって泣きを入れて来たぜ?ずいぶん世話になったらしいじゃないか。」
この町で月虹を知らない者など、よそ者くらいしかいなかった。
男はざっと顔色を変えた。相手は数人いて、どう見ても自分の方が分が悪い。
「え……?こいつが月虹さんの、連れって……。やべ……え~と。いや、いやいや~。あ、ちょいと、野暮用思い出しちまったな~。あ、君、またいつか縁があったら会おうね。せっかく知り合ったのに、ごめんね~。」
青ざめた男は、その場から逃げるように消えた。涼介はその場に呆然として立ち尽くしていたが、しばらくすると、くるりと振り返って月虹に文句を言った。
「あんた、何してくれてんだよ~。あの小父さん、今夜泊めてくれるって言ってたのに。飯食わせてもらうんだったんだぞ。」
「馬鹿野郎、飯の後でお前が骨まで食われるのを、助けてやったんだろうが。」
「え?おれが食われるって……なんだよ?おれ、食いもんじゃないもん。」
「……ガキ。」
月虹は思わず噴いた。
「おまえ、中坊か?何も知らないけつの青いガキが、こんなところをのこのこ歩いてるんじゃないぞ。この街じゃ、ちょいと見かけの良い子は油断すると食われるんだよ。まあ、いい。来な、腹が減ってるんだろう?飯くらい、あいつの代わりにおれが食わせてやるよ。」
「お……おれ、ずっと何も食って無くて……お腹すいたぁ……わ~ん。」
いきなりその場で腹が減ったとしゃがみ込み、涙にくれた涼介にたらふく飯を食わせてやったのが二人の出会いだった。
本日もお読みいただきありがとうございます。
出会いの後は、違うエピソードを拾ってゆきます。 此花咲耶
- 関連記事
-
- 優しい封印 15 (2013/06/02)
- 優しい封印 14 (2013/05/31)
- 優しい封印 13 (2013/05/30)
- 優しい封印 12 (2013/05/29)
- 優しい封印 11 (2013/05/28)
- 優しい封印 10 (2013/05/27)
- 優しい封印 9 (2013/05/26)
- 優しい封印 8 (2013/05/25)
- 優しい封印 7 (2013/05/24)
- 優しい封印 6 (2013/05/23)
- 優しい封印 5 (2013/05/21)
- 優しい封印 4 (2013/05/20)
- 優しい封印 3 (2013/05/19)
- 優しい封印 2 (2013/05/18)
- 優しい封印 1 (2013/05/17)