朔良咲く 22
本気でなるべく顔を合わせないようにしているのだろうか。
扉を開ける音に、島本は振り返った。
「朔良姫……?」
午後の誰もいないリハビリ室に、島本はいた。
半分灯りの消えた薄暗がりの中で、器具の点検に熱中していたようだ。
「もう帰ったのかと思っていたよ。」
「あんたさ、会いたくないときには、その辺りにいるのに、用がある時には何でいないわけ?」
「俺に何か用があったのか?」
「いずみちゃんの母親に、色々聞いたから一応伝えておこうと思って。あの子、転院して手術するんだってね。」
「ああ。聞いたのか。院長の友人が執刀するそうだ。神の手と言われる脳腫瘍の手術の権威だそうだ。上手くいくと良いな……」
向き直った島本は、朔良の格好を見やった。
「今日はまた、ずいぶんらしい恰好をしているんだな。さすがに似合う。看護師達が騒ぐだけのことはある。」
「あんたが余計な事を言ったから、このざまだよ。僕はいずみちゃんの魔法の王子さまだそうだからね。」
「色々とすまなかったな、朔良姫。だけど、朔良姫の姿を見て目を丸くしているあの子を、どうしても喜ばせてやりたかったんだ。手術できなければ、命の保証はできないと言われていた。俺は無能で、見守る以外何も出来なくて落ち込んでいるところへ、朔良姫に会って、あの子がたくさん話をして嬉しそうに笑うのを初めて見たんだ。酷いことしかしていない朔良姫に、俺は救われた気がした……」
朔良はふいとそっぽを向き、ぶっきらぼうに告げた。
「……朔良。」
「何?」
「姫は余分だって言ったんだよ。わかった?ガラパゴスゾウガメ。」
「ガラ……ゾウガメ?……朔良って……俺は名前を呼んでもいいのか?」
「元々、僕には朔良の他に名前はない。何度も言わせるな、面倒くさい。」
「……朔良姫……」
「ドアホウ。」
しばらく朔良を見つめていた島本の顔が、いきなりくしゃと歪んだ。
そのまま、ゆっくりとその場に崩れ落ちるのを朔良は見つめていた。
頭を抱え、リノリウムの床に突っ伏した島本の嗚咽が、リハビリ室に響く。
「さ、朔良……っ……!朔良……!」
しばらくそのまま眺めていた朔良は、やがて近づくとハンカチを差し出した。
「みっともない。」
「すま……ん……」
「許したわけじゃないけど、忘れる事にする。」
「俺は……これから、どう償えばいいんだろう?」
「自分で考えれば?」
「そうか……そうだよな。虫が良すぎるよな。」
「あんた言ったよね?僕がどこかで苦しんでいるなら、せめて代わりの誰かを助けるって。」
「ああ。偽りはない。そのつもりで進路を選んだんだ。」
「それでいいんじゃないの?どんなカードが配られても、逃げる事は出来ない。それが人生だってパ……誰かが言ってた。僕も誰にも恥じない毎日を送ることにしたから。」
ふっと差し込んできた夕日を背負って笑った朔良を、島本は眩しそうに見つめていた。
本日もお読みいただきありがとうございます。(〃゚∇゚〃)
(°∇°;) 「あの、朔良姫。 ガラパゴスゾウガメって……なんでつか?」
ヾ(〃^∇^)ノ 「知らないです~」
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