番外編 それからの朔良 【後編】
話題の中心の帰宅だった。
「あ、ママ。お帰りなさい。」
「なあに、お客さまなの?」
「初めまして。理学療法士の小橋旭日と言います。朔良君のリハビリを担当させていただきました。」
「ああ、プールのリハビリの先生なのね。朔良がお世話になっております。この度は、進路についても色々相談しているみたいで、ご迷惑でしょうけどよろしくお願いします。」
「いえ。迷惑なんてとんでもないです。」
「ゆっくりしてらしてね。今日は、お泊りして行かれるのかしら。」
「やめてよ、いきなり。迷惑だよ」。
慌てる朔良を尻目に、薄いコートを脱ぐと、母は彩が淹れて来た薫り高いコーヒーをこくりと呑んだ。
「あら、違うの?お付き合いしているんでしょう?」
その場に直立した小橋は、言葉を失って困ったように朔良を見つめた。
「僕、まだ何も言ってないけど?」
「そう?彩君からやっと離れられたみたいだったから、てっきり新しい人を見つけたと思ったのだけど。じゃ、この方は、朔良の良い人ではないのね?」
「……僕の好きな人です。」
「だったら、早くそうおっしゃい。面倒くさい子ね。夕飯は出前の御寿司で良いかしら?」
「あの、ママ。小橋旭日さんは男で……僕も男だから……そういうことになるけど、いいの?」
「そう言う事って?ああ、世間一般に祝福されない関係ってこと?そうね。あなたは一人息子だし、親としては、家が絶えるって反対するのもありかもしれないわね。」
「覚悟してます。ごめんなさい。」
朔良の母は、息子を傍に呼んだ。
「この人といると幸せ?朔良。」
「……うん。」
「そう。ママはいつだって、朔良が幸せなら幸せ。いつもそう言っているでしょう?」
「そうだね。」
朔良の母は、側で驚く小橋を不躾に眺めた。上から下へと視線が降りる。
「ママが恋人の条件を出したでしょう?腕っぷしはありそうね。小橋さんは何か武道でも?」
「柔道をやってます。今は現役ではありませんが、練習はしてます。一応、黒帯です。」
「じゃあ、朔良を守れるわね。職業も持っているし、反対する理由は無いわ。」
「でも、おばさん。どうして……?」
「あら。彩君は反対した方が良かったのかしら?」
「そういうわけではないですけど……」
「小橋さんは御存じかしら。朔良は、小さなころから彩君だけを追って来たの。それは彩君も知っていたでしょう?」
「ええ。」
「でも、朔良は彩君の恋人にはなれないと、私は思っていたの。だって朔良は、どこまでも追い過ぎるんだもの。朔良の愛情は執着心と独占欲が強くて深い……たぶんママでも、自分に向けられたら重いと思ったわよ。年上だから我慢できるのかしら。」
「ひどい……。」
あっけらかんと言い放つ母親に、朔良も呆然としている。
「なあに?鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして。あら、おいしいわ。このシュークリーム。あなたが買って来て下さったの?」
「はい。朔良君が好きだと聞いたので。」
「朔良の好きなものは、私も好きよ。覚えておいてね。」
「次から忘れずに二人分、買ってきます。」
「ありがとう。うふふっ……」
小橋は理解した。
きっと朔良は、心根もこの美しい母親に似たのだろう。
心に忠実で、面倒な美辞麗句を排除し核心から話す。とても、好ましいと感じていた。
彩も思っていた。
過去に悲惨な目に遭って来た朔良を、必死に守ってきた母親。
きっと彼女には彩が傷ついた朔良を見つけた日から、朔良が無事なら他には何も望まないと言う、祈りにも似た想いがずっとあるのだろう。
誰かに連れて行かれ、もしかすると死んだかもしれない、二度と会えないかもしれないと思いながら、気の遠くなるほどの長い時間、無事を祈りながら過ごした母親。
「ママ、あの……ありがとう。」
「大丈夫よ。パパはママに甘いから、任せて。」
朔良は自分を愛してくれる優しい人たちの傍で、幸せだった。
*****
彩が帰ったのち、自分の部屋の前で、朔良は抗っていた。
「やっぱり今日は泊めるのやだ。この次にする。帰ってください。」
「どうして?朔良君も僕の部屋に入っただろう?片付いてなくても笑わないよ?」
「ハウスキーパーが入るから、中は片付いてるよ。でも……ママが、エイプリルフールに受けを狙って勝手に模様替えをしたんだよ。インテリアに興味ないから、そのままにしていたけど、さすがに見られたくないです……」
小橋は朔良をじっと覗き込んだ。
困ってしまった朔良は、とうとう薄く扉を開けると旭日を中に入れた。
「言っておくけど、ほんとに僕の趣味じゃないんだからね。」
「お~……!豪華。」
思わず感嘆の声が口を突く。
仏蘭西ロココ調の調度が何よりも好きな朔良の母親が、悪戯心を込めて持ちこんだ、白いチュールの天蓋付きの寝台が、部屋の中央にでんと鎮座していた。ご丁寧に、羽根布団には幾重ものフリルがあしらわれている。
「朔良君に似合ってる。王女様の部屋だ。」
「嬉しくないよ。」
小橋は掬うように朔良を抱き上げると、寝台へと運んだ。
「こういうのを眺めていると、柄にもなくロマンチックな気分になる。さすがに階下に、お母さんがいるからここでは君を抱いたりできないけど……君が愛する人たちに、拒絶されないで良かったよ。」
「旭日さん。誰に後ろ指を指されても、僕は平気。」
朔良は、暗闇からやっと抜け出たような気がしていた。
旭日の前だと素直になれる。
光りのさす方へと、旭日が朔良の手を取り誘う。
誰かの鼓動が、これほど安らげるものだとは思わなかった。
朔良は小橋の胸に頬を寄せて、聞こえないように小さな声でつぶやいた。
「……愛してね。」
本日もお読みいただきありがとうございます。(〃゚∇゚〃)
いかん。朔良がかわいくなってしまった。(´・ω・`)
中々個性的な朔良のママは、エイプリルフールにとんでもない模様替えをしたのでした。
フリルやレースが大好きなので、朔良はきっと小さなころは着せ替え人形のようになっていたはずです。
(〃^∇^)o彡「だって似合うんですもの~」
(。´・ω`)ノ(つд・`。)・゚「確かに似合うね、朔良君」「僕の趣味じゃないんだよ~」
どんな親もきっと子供の幸せの前には、いろいろなことに目をつむるはず……と思っています。
朔良が幸せになれますように。
またね。 此花咲耶
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