ずっと君を待っていた・33
手に入れたと思っても、本当に欲しいものは、力ずくでは奪えないのだと。
大切な恋人を失って、慟哭のクシナダは長い間、悲しみのふちに沈んでいた・・・。
野山を眺めても、空を見上げても、美しい自分の長い髪に触れた指の感触を思い出し、優しい龍神に逢いたかった。
出来ることなら、白い子蛇になったオロチに命を奉げたかった。
涙に暮れるクシナダヒメの姿に、スサノオは心の底から後悔して、身体を投げ出し許しを乞うた。
本当は、謝るべき存在はそこにはいなかったのだけれど・・・・
長い長い間、オロチが苦しんだのと同じように、きっとスサノオも自分を責めた。
大切な里の黄金の稲を生み育てるために、クシナダヒメは顔を上げて、涙を拭いた。
結局、クシナダは高天原の神々と共に、深く後悔するスサノオを許したのだ。
豊饒の大地の女神には、結婚し子を産み育てることこそが宇宙の理(ことわり)だった。
やがて気を取り直しこれもまた一つの道と、スサノオと結婚したけれど、過ぎてゆく日々の中で、クシナダはふと過去に思いを馳せ、愛しいオロチを思う。
もし、この身が二つあれば、一方はスサノオに、もう片方はオロチに届けることが出来たものを・・・
でも、そんな虫のよい望みが簡単に叶えられるはずもなく、ずっとずっと魂はひとつにしか転生しなかった。
やがて、神器は歴史の中をめぐりめぐって、龍神の元へと帰って来る。
小さな白い子蛇は、長い時をかけゆっくりと霊力を取り戻し、平家物語の時代に、ついに記憶も取り戻した。
クシナダが転生してくるまでの、気の遠くなる時間、海の宮で龍神は多くの者にかしずかれながら、一人ぼっちで待っていた。
記憶を取り戻して、何度名前を呼んでも、愛しいクシナダヒメだけがいなかった・・・・
「何故・・・?何故、我の元に転生して来ぬ?」
鏡に向かって聞いてみても、きっと返事はなかった。
今なら、全てが分かる。
クシナダヒメは転生するたび、自分の一つの魂を二つに分けようとしていた。
一つは、スサノオの元へ。
一つは、オロチの元へ。
気の遠くなる時間、クシナダヒメの念願がかなってオロチと同じ時代に転生する時になったけど、高天原は、とうとう最後までクシナダヒメの願いを認めなかったのだ。
その証拠に、ぼく達は双子で生まれたけれど性別は違ったし、姉ちゃんはすぐにこの世での旅を終えた。
きっと一つの魂を二つに分けるのは、無謀なことなんだ。
せめてぼくじゃなくて、記憶を持っていた姉ちゃんの方が生きていればよかったのにと、今も思う。
そうしたら、きっと本気でオロチを好きになってたよ。
恋人を、あんなに深く愛する男を、ぼくは知らない。
愛と言う言葉を簡単に口には出来ないけど、狂おしいほど全身全霊を掛けてオロチは、国作りの始まりの時から未来永劫の時の果てまで、ただ一人を求めていた。
時は古代と同じように、オロチの周囲をゆるりと流れて行く。
同じ時間は、どれほど願っても決して戻らない。
過去の恋は何度も訪れるけど、いつも叶いそうで叶わなかったのだろう。
ぼくは、盛大に大きなため息を付いた。
「・・・はあぁあああぁっ・・・・」
「ぼく、何をしにはるばるこんな所まできたんだろう。」
思わず、つぶやいてしまう。
オロチとスサノオとクシナダヒメの役に、ちゃんとたったのだろうか・・・?
下手すれば、ずるずるの着物を着せられて、わんわん泣いていただけじゃね・・・?
海鎚家御当主は、神楽の途中で何を思ったか、大切な鏡を割ってしまったから、もう本家での神楽は当分行われないそうだ。
紅袴のお姉さんが言うことには、昔は蛇の事を「カカ」と言っていて三種の神器のうち鏡の事を「カカ目」と呼んでいたそうだ。
剣もオロチの尾から出たから、神器を二つも持った龍神(オロチ)の霊力は相当なものだったらしい。
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