ずっと君を待っていた・36(最終話)
空気の違う広い境内をめぐり、最後にでかい注連縄(しめなわ)に向かって、さい銭を食い込むほどに強く投げる。
上手くお金が食い込んで、落ちてこなければ、願いが叶うらしいんだ。
思いがけずいいやつだった本家のご当主が、いつか最愛の伴侶にめぐり合って幸福に暮らせますようにと、僭越ながら俺は願った。
「そういえば・・・注連縄(しめなわ)ってさ~、元々は二匹の蛇体を形どったものだったよな。」
ポツリと親父が呟いた。
「注連縄って、呪術的な意味なのかしら?」
「いや、これは生命力の強さにあやかったものだな。」
元はといえば、娘可愛さの余り、スサノオにコロリと騙された両親が、俺の気も知らず呑気な会話をしていた。
年老いた両親も、その後深く悔いたのだろう。
「そう言えばさ、クシちゃん。クシちゃんは、動物園で爬虫類館に行かなかったから知らないだろうけどさ、蛇ってねオスには二個付いてんだぜ。」
「二個って、たまたま?当たり前じゃん。」
「いや、もう1つのほう。一度合体したら、3日は絡んでるって言うからさ、精力絶倫だね。」
ぶっ。
俺は飲んでいたジュースを、真っ赤になって取り落とし、青ちゃんは爆笑した。
「誰もクシちゃんと、ご当主がそうなったかもしれないなんて思ってないよ。」
「ばか、ばかっ。スサノオのばかっ!オロチに斬り殺されてしまえっ!」
以前と同じようにふざけながら、俺は一人ぼっちのオロチのことを思ってちょっとだけ泣いた。
労咳?で死んでしまった娘をかき抱いて、オロチの記憶を持った青年が泣き崩れるのを思い浮かべてしまった。
記憶を持ったままずっと生きてゆくのって、なんだかすごく大変な気がする。
何も判らずここまで来たぼくには、想像するしかないのだけど。
「クシちゃん?」
心配して青ちゃんが覗き込んだが、自分でも説明は付かなかった。
別れがつらくて泣いたのは、たぶん俺の中に残ったクシナダヒメの欠片だ。
「ん、なんでもない。ごみ・・・入っただけ・・・。」
明日から、再び部活三昧が始まるから、くたくたになって考え込む暇もなくなるはずだ。
でも、そう思いながらも時々は思い出すのだろう。
ぼくの頬に、近付く割けた紅い舌・・・
ひんやりとした舌先が、顎の先をそっと優しく撫ぜる・・・
耳朶をくすぐり、唇をわって舌の根元に絡みつき、吸う・・・
耳元に優しく響く、龍神の声が恋しかった。
「我の・・・クシナダ・・・」
出雲から帰ってから部活三昧の日々、ぼうっとテレビの音楽番組の中に懐かしい顔を見つけて、ぼくは言葉を失った。
「青ちゃんっ!テレビ!ご当主っ!出てる、ほら、ほら・・・っ!」
青ちゃんはこともなげに、何だ~クシちゃん、知らなかったのかと笑う。
「結構、売れてるらしいね。今度のアルバム『八岐大蛇』だってさ。俺、サイン入り持ってる。」
「え~~~~!?」
海槌緋色率いる、ロックバンド・・・?
よく出来た、冗談みたいだ。
普段、テレビも雑誌も興味ないから知らなかった。
テレビの中のオロチは、長い髪に古代の衣装で・・・嘘みたいに、似合っていた。
「古代から、そのままお越しになったようにお似合いですね~。」
脳天気なアナウンサーが、興味津々で感心したように声を上げていた。
・・・本物だもの。
終わりだけど、何かが始まる。
そんな気がした。
―完―
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