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ずっと君を待っていた・29 

・・・きっとぼくは、何も応えられない自分の、不器用なキスが恥ずかしかっただけなんだと思う。

・・・だって、正直言っちゃうと初めてだったし。
・・・そんな、イヤじゃなかったし。

どうしよう・・・これって、まじ、やばくね?
きっと今のぼくは、夜市で売られている鉢植えのホオズキみたいに、真っ赤だ。

その夜遅く、とうとう本家での神楽の支度が始まった。
篝火に火が入り夜目に金色の火の粉が舞う。
青ちゃんは、ぼくと視線を合わさず、どこかよそよそしい。
ぼくが、過去の事を知ってしまったので、何となく居心地が悪そうだ。

転生の原因が、あの根性のひねくれたスサノオだとしてもね、今の青ちゃんの責任じゃないし、悪くないと思う。
そんなことで青ちゃんが責任を感じてへこまなくても良いんだよ・・・って告げてあげたかったんだけど、ぼくの支度は結構時間がかかったんだ。

ぼくの神楽の役は、当然クシナダヒメで、御当主の海鎚緋色は、オロチ。
これは、あたり前だな。
青ちゃんはもちろん、スサノオの役だ。

二人は、密かに練習していたみたいだけど、まあ昔の再現みたいなものだし。
まるで過去の体験をもう一度体感するような、不思議な感覚に襲われて、俺は少し緊張していた。

「あなたは、面をつけて、じっと前を向いていればよろしいのですよ。」

俺に白塗りの化粧を施して、真新しい着物を着せかけて、紅袴の家人は笑いかけた。

「とても、お可愛らしいクシナダヒメさまですこと。」

「おちんちん付いてますけど、姫でいいんですか?」

わざとそう言うと、返事の代わりに、何ともやわらかい笑顔が返ってきた。
最初、口が裂けたようで怖かった笑顔も、どうやら少し見慣れたみたいだ。

念願かなって、永久を誓った最愛の恋人とやっと約束を果たせるのだから、みんなきっとうれしいに違いない。
これぞ真の大団円というやつだ。

ここに居るぼくは、今日からぼくでなくなって、鏡の世界のクシナダヒメが、新しいぼくになる。
・・・ぼ・・くは・・・?
身体を失ったぼくの心はどこへ行くんだろう・・・と考えると、ちょっと胸が寒くなったが、これ以上は考えないことにした。
もう、決めたことだ。
オロチがあんな切ない思いを抱えたまま過ごしてきた長い年月を思ったら、今ぼくにできることはこれしかないんだから・・・

青ちゃん・・・これまでいっぱい迷惑かけたけど、もう会えなくなるんだよ。
ぼくのこと忘れないでいてね。
決心したはずなのに、ぐらぐらと決心は揺らぎ続け、情けなくも咽喉元から嗚咽がこぼれそうなのを必死で抑えた。

「ひっ・・・ひくっ・・・」

不意に、喉元に嗚咽がこみ上げて、ぼくは切なくなった。
女の格好をして、件(くだん)の鏡を覗き込むと、二重に写ったクシナダヒメが優しく笑いかけた。
珊瑚で出来た、桃の花のかんざしは永久に変わらぬ愛の贈り物。

「クシナダ・・・?」

心配そうにご当主「海鎚緋色」が、俺の顔を覗き込む。
ほら、ぼくはクシナダヒメの入れ物でしかないんだ。
その顔は、人型のオロチの顔をそのまま写した、美々しい龍神に似ている。
ぼくじゃなくて、ぼくの顔に似たクシナダヒメを心配しているだけなんだ、きっと。

「・・・大丈夫だよ、ちゃんとやるから。逃げ出したりしないよ。」

「心配しなくていいよ。俺、立ってるだけだもん。」


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