ずっと君を待っていた・31
「何があっても、我は未来永劫そなたのものだ。」
「それ以外、何も求めぬ。」
「聞きたいのは、そなたの名だけだ。」
ぼくの内側が歓喜に打ち震えるのがわかる。
『オロチ・・・わたくしの名は櫛名田比売。』
ぼくの喉が、恋しい龍神・・・人外の名を呼ぶ・・・
形ばかりの約束の妻問婚は、こうして再び果たされた。
完結したわけではなかったけど、それでも気持ちを確かめあうことはできたということなのだろうか。
篝火に照らされた二つの影が溶け合って、今一つになる。
海鎚緋色の胸で、今生の別れを嘆くのは、ぼくなのかクシナダヒメなのか、意識は混沌としていた。
ぼくの中に入り損ねたクシナダヒメの意識は、オロチの腕に抱かれたまま、やがてゆっくりと薄く大気に溶けて消失していった。
その魂の行方を、ぼくは知らないが消えてゆく影は、少し微笑んでいたような気がする。
いつか、又・・・そんな不確かな言葉を、クシナダヒメになりそこなったぼくが言うのは不謹慎だろうか。
空に両手を伸ばして、スサノオが歌うはずの歌を、オロチが朗々と歌った。
『八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を』
新居を探していたときに、まるで祝福するように、聖地に錦の雲が沸き立ち、その様子を見てスサノオが歌ったと伝承に今も残る有名な歌だ。
新婚の夫の歌を今は、婚姻を終えたものとしてオロチが歌っていた。
今度こそ一緒になれるはずだったのに、結婚の喜びの歌は、再び悠久の別離の歌になってしまった。
ぼくと交代するはずの魂は、これから又、長い転生のときを待たねばならないらしい。
そんな風に、誰かを愛せるのだと始めて知った気がする。
歌詠みの国の短い三十一文字に、気が遠くなるほどの深い思いを込めて、海鎚本家の神楽は終わりを告げたのだ。
だれも住んでいない鏡は、割れてくすんでしまってもう役に立たない。
オロチはこれから、新しい鏡を磨き始めるのだという。
再びまみえる愛しい人の面影を思い浮かべながら、おそらく万感の想いを込めて・・・
全てが終わり、化粧を落としに入った、風呂場の鏡に映る俺の顔は、涙と白粉と紅が混ざって、ぐちゃぐちゃになっていた。
「うわっ、ひでぇ・・・!」
「なんだ、これぇ。こりゃ、ふられるわ~」
湯気の向こうで、クシナダヒメが笑ったような気がした。
ううん、違う・・・あれは・・・
「あっ!比売香(ひめか)姉ちゃん・・・?」
『やっと、気が付いてくれた。』
「子どものとき以来だ。ぼく、すっかり忘れていてごめん・・・」
『そう。わたし、ずっとひぃくんと一緒に居たのよ。』
姉ちゃんは、うんと小さいときに病気でなくなった。
双子の不思議さで、幼稚園くらいまではよく誰もいない部屋の隅に向かって、姉ちゃんの霊とぼくは話をしていたらしい。
成長するにつれて、ぼくは実体のない姉ちゃんと共にいるよりも、友人と始めた剣道に夢中になってしまったのだ。
でも、普段からなんとなく一人じゃない気はしていたから、きっとずっと守っていてくれたんだと思う。
何だろう、よく分からないけど背後霊・・・みたいな?
『大きくなったね、ひぃくん・・・』
「ん。」
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