星月夜の少年人形 2
「あれ、お客さんかな?」
「かな~?」
玄関先の父の書類を渡し、礼を言って頭を下げた優月に、羽藤は車中から声を掛けた。
「優月くん。困ったことがあったら、遠慮なく言っておいで。」
「はい。ありがとうございます。」
羽藤は名刺の裏に素早く、私用電話の番号とメールアドレスを書いて渡した。
短い間に、この子は何度「ありがとう」と言っただろうか。
ぱたぱたと荷物を抱えて走り去ってゆく、どこか古風な気がする高校生を思わず好ましく思って眺めている自分に気が付いた。
走り出した車のルームミラーに、ぶんぶんと玄関前から手を振る優月と塔矢の姿が見える。
窓から手だけを出して、ひらひらと振った。
神村優月(かみむらゆづき)。
しばらくたって羽藤が会ったとき、今の快活な面影は微塵も残っていなかった。
*******
「あの・・・うちに何か御用ですか?」
優月は、玄関から少し離れて立つ黒尽くめの男に声を掛けた。
流した鋭い目に、思わず息を呑んだ。
「ああ、誰も居なかったのでね、待たせてもらっていたんだ。君、神村美晴さんの・・・その、息子・・・さん?」
「・・・はい。」
「神村美晴さんはもうすぐ帰宅されるのかな?会いたいんだが・・・。」
小父さんは、母の知り合いですか・・・?という優月の問いかけに、「昔の古い友人だ。」と答えた。
「お母さんは今、入院してるんです。」
一瞬、薄いサングラスの男の顔が強張ったのを優月は見逃した。
「そうか、近くまで来たから、寄ってみただけなんだ。お母さん、早く治るといいな。」
初めて会った母の知人に、思いがけず優しい言葉を掛けられて、優月はふいに涙ぐみそうになった。
日々、精いっぱいだからこそ、ふっと綻びそうになってしまい、思わず男をじっと見つめてしまった。
男も優月の、光る瞳に気が付いたらしい。
「お母さんに似ているな。君も、若いからって、あまり無理をするなよ。」
「はい。」
「ほら、弟さんが心配そうにずっとこっちを見ている。行ってやらないと。」
人見知りの塔矢が、玄関から半分だけ身体を覗かせて様子を伺っていた。
大きく手を振り「塔矢!」と呼んだ。
「塔矢、おいで。この小父さんね、お母さんのお友達だって!」
「ああ、喚(よ)ばなくていいよ。もし、またこっちの方に来ることがあったら、寄せてもらうから。」
「そうですか?・・・あの、お茶位なら淹れられますけど。」
自分でも、何故引きとめようとしているのか不思議に思いながら、優月は初めて会った男に声を掛けていた。
「時間がないんだ。ありがとう。次に取っておくことにするよ。」
それは、血の持つ絆、引き合う本能というべきものだったろうか。
サングラスを取って微笑んだら、意外に男が端整な顔をしているのに気が付いた。
柔和な表情に安心した優月が、そっと傍に寄ってきた塔矢を前に置いて紹介した。
「弟です。塔矢って言います。」
「そうか、いい兄ちゃんで良かったな。塔矢くん。」
人見知りして優月の腕の中に納まっている塔矢の目の位置にまで下りてきて、男はちょんと丸い頬をつついた。
告げるべきかどうか迷いながらここまできたが、平和な暮らしに波風を立てる気持ちはさらさらなかった。
大勢の登場人物が出てきます。
意味深なタイトルまで、まだ少し遠いです。(`・ω・´)←気合っ!
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