淡雪の如く 2
これから良太郎は、出自も身分も違う同級生と出会う。
中には白い鶴のような、姿の儚げな美しい少年もいる。
風切り羽根を切られた鳥のように、悲痛にもがく少年との出会いは鮮烈だった。
白鶴は傷だらけで猟師の懐に飛び込む窮鳥のようにして、良太郎の眼前に現れることになる。
失ってやっと気が付くような幼い恋の自覚は、まだ先のことだった。
佐藤良太郎本人は何の自覚も無いが、かなりの晩生(おくて)な性質で、言い換えれば、何も知らない前髪の子ども同然だった。
父親などは昨今の旧制高校や帝大の男色流行に、免疫がない良太郎が寮生活でそちらに走りはしないかと、密かに心配していたくらいだ。
そんな心配を余所に、良太郎は明るく聡明で誰もが好ましく思う人懐っこさで、既に周囲を魅了していた。
「おお~、先ほどの「お日さま」が構内を走って行くよ。さすがに、子供は元気だなぁ。」
「ああいう、素直なのは良いね。からかいがいがあると言うものだ。いつか、お手合わせ願うとしようよ。」
「君の細腕じゃ、剣術は負けが目に見えているな。あ……、それよりも、ご覧よ。今正門に馬車が付いた。あれ……。あれじゃないか。噂の大久保侯爵の落とし胤(たね)。」
「おぉ……確かに。ちょっと、その遠眼鏡をお貸しよ。下賜された馬車には、菊花紋章が付いているはず……あった!」
「どれ、どれ……。おお、これはまた……、雛にもまれな美形だね。」
他の上級生は、寮の二階から入寮する新入生達を見下ろして、大層喧しい(かまびすしい)。窓際で奪い合うその手にあるのは、華桜陰学生寮長に代々伝わる、黒漆塗一閑張の望遠鏡だった。どうやら派手に馬車で乗り付けたのは、侯爵家の訳ありのご子息らしい。
その後も、上級生は廊下や食堂にたむろして、入寮後、挨拶に来た新入生の見栄えや噂話に花を咲かせていた。一堂にそろう翌日の晴れの入学式などは、彼等にとっては恰好の値踏みの祭事のようなものだ。
「今度の新入生は、麗人揃いだね。まさしく、春の眼福。」
「多少毛色の変わった、可愛らしい猪の童も居るようだけどね。」
「ああ、庄屋の倅か。華桜陰の生徒らしくないと言えば、そうだね。だが、順位を付けるなら大久保君が筆頭だろう。」
「いや、僕は従者の方が儚げで好きだな。」
口の端に上る血統の良い少年達は、揃って取り取りに美しかった。上級生は少年期独特の短く移ろいやすい時期を、花でも愛でるように慈しんでいた。彼等にも、過去そんな時期があったように。
「ねぇ。あの窓際の生徒の国許はどこだろうね。風雅な佇まい(たたずまい)だ。」
「それよりも……あっち。あの切れ長の綺麗な一重は、都の公家育ちだろうか。」
そう言って男ばかりの学生生活に花を添える存在として、見目良い彼等を側に留め置き愛でた。
毛色の変わったと揶揄される良太郎も、本人の思惑などは他所に、おそらく節句に飾られる若武者人形のようだと一目置かれていた。
「ほら……、来たよ。あの二人だ。」「大久保……?」そんな小さなささやきが、そこかしこで聞こえた。
一際目立つ、艶やかな二人連れがそこにいた。
先に、正門に派手な4頭立ての馬車を横付けにした新入生達だ。
錦絵のように美しい主従はとにかく目を引く。誰しも息を呑む彼等は既に、噂の渦中にいた。
大久保侯爵の落し胤とささやかれる一方は、一見如菩薩のように気高く柔和な美しい少女の面差しをしていると評判だった。
しかも独りではなく、側に似合いの白鶴の風情の従者を連れて、入学してきた。
陽炎神、摩利支天は猪に乗っているが、未来に下界に降って仏となり、衆生を救うとされる菩薩は白鶴を伴うのかと……先輩のささやきを聞いて良太郎は、ついに目を剥いた。
「いかんっ……笑える。綺麗だ、何だって、お道具ぶら下げた男児じゃないか。華桜陰寮の先輩方は、当世流行の男色に毒されているのだな、嘆かわしい。いくらなんでも、男に血道を上げるなど腐っている。」
はじめて噂を耳にしたとき、いくら何でも菩薩と白鶴は気の毒だと、思わずぷっと噴出してしまったくらいだ。
自分が「白鶴」などと呼ばれるわけはないが、そんなあだ名を気の毒だと思う。
「白鶴だなんて……伏見の清酒じゃあるまいし……。」
まだ見ぬ同級生の雰囲気を語る話を耳にして、よく出来た話だと笑いをかみ締めて我慢するうち、思わずたまらず膝をつねって小さな青あざを一つ作った。
だが、実際傍で見た彼等は、良太郎の想像をはるかに超えていた。
極彩色の錦絵から抜け出したと思うほどの、玉容の一対を前に、あんぐりと口を開いたまましばらく良太郎は見惚れていた。
既に一目置かれた二人は、近くで見れば良太郎も一瞬気おされるほどの、玲瓏な美貌だった。良太郎の田舎などでは、ついぞ見かけることもない珍しい生き物のようだ。
「……ひな人形だ……。」
「おや~。佐藤良太郎君?口が開きっぱなしですよ。」
「は……っ!?」
「綺麗な花に見惚れてしまったんですね?見る目はありそうだ。」
「うー……。」
良太郎は、その場で赤べこのようになった顔をぶんぶんと振った。
遅くなりました。
納得いかなくて、ついついお直ししちゃうんだよね……(´・ω・`)すまぬ~
拍手もポチもありがとうございます。
励みになりますので、応援よろしくお願いします。
コメント、感想等もお待ちしております。 此花咲耶
中には白い鶴のような、姿の儚げな美しい少年もいる。
風切り羽根を切られた鳥のように、悲痛にもがく少年との出会いは鮮烈だった。
白鶴は傷だらけで猟師の懐に飛び込む窮鳥のようにして、良太郎の眼前に現れることになる。
失ってやっと気が付くような幼い恋の自覚は、まだ先のことだった。
佐藤良太郎本人は何の自覚も無いが、かなりの晩生(おくて)な性質で、言い換えれば、何も知らない前髪の子ども同然だった。
父親などは昨今の旧制高校や帝大の男色流行に、免疫がない良太郎が寮生活でそちらに走りはしないかと、密かに心配していたくらいだ。
そんな心配を余所に、良太郎は明るく聡明で誰もが好ましく思う人懐っこさで、既に周囲を魅了していた。
「おお~、先ほどの「お日さま」が構内を走って行くよ。さすがに、子供は元気だなぁ。」
「ああいう、素直なのは良いね。からかいがいがあると言うものだ。いつか、お手合わせ願うとしようよ。」
「君の細腕じゃ、剣術は負けが目に見えているな。あ……、それよりも、ご覧よ。今正門に馬車が付いた。あれ……。あれじゃないか。噂の大久保侯爵の落とし胤(たね)。」
「おぉ……確かに。ちょっと、その遠眼鏡をお貸しよ。下賜された馬車には、菊花紋章が付いているはず……あった!」
「どれ、どれ……。おお、これはまた……、雛にもまれな美形だね。」
他の上級生は、寮の二階から入寮する新入生達を見下ろして、大層喧しい(かまびすしい)。窓際で奪い合うその手にあるのは、華桜陰学生寮長に代々伝わる、黒漆塗一閑張の望遠鏡だった。どうやら派手に馬車で乗り付けたのは、侯爵家の訳ありのご子息らしい。
その後も、上級生は廊下や食堂にたむろして、入寮後、挨拶に来た新入生の見栄えや噂話に花を咲かせていた。一堂にそろう翌日の晴れの入学式などは、彼等にとっては恰好の値踏みの祭事のようなものだ。
「今度の新入生は、麗人揃いだね。まさしく、春の眼福。」
「多少毛色の変わった、可愛らしい猪の童も居るようだけどね。」
「ああ、庄屋の倅か。華桜陰の生徒らしくないと言えば、そうだね。だが、順位を付けるなら大久保君が筆頭だろう。」
「いや、僕は従者の方が儚げで好きだな。」
口の端に上る血統の良い少年達は、揃って取り取りに美しかった。上級生は少年期独特の短く移ろいやすい時期を、花でも愛でるように慈しんでいた。彼等にも、過去そんな時期があったように。
「ねぇ。あの窓際の生徒の国許はどこだろうね。風雅な佇まい(たたずまい)だ。」
「それよりも……あっち。あの切れ長の綺麗な一重は、都の公家育ちだろうか。」
そう言って男ばかりの学生生活に花を添える存在として、見目良い彼等を側に留め置き愛でた。
毛色の変わったと揶揄される良太郎も、本人の思惑などは他所に、おそらく節句に飾られる若武者人形のようだと一目置かれていた。
「ほら……、来たよ。あの二人だ。」「大久保……?」そんな小さなささやきが、そこかしこで聞こえた。
一際目立つ、艶やかな二人連れがそこにいた。
先に、正門に派手な4頭立ての馬車を横付けにした新入生達だ。
錦絵のように美しい主従はとにかく目を引く。誰しも息を呑む彼等は既に、噂の渦中にいた。
大久保侯爵の落し胤とささやかれる一方は、一見如菩薩のように気高く柔和な美しい少女の面差しをしていると評判だった。
しかも独りではなく、側に似合いの白鶴の風情の従者を連れて、入学してきた。
陽炎神、摩利支天は猪に乗っているが、未来に下界に降って仏となり、衆生を救うとされる菩薩は白鶴を伴うのかと……先輩のささやきを聞いて良太郎は、ついに目を剥いた。
「いかんっ……笑える。綺麗だ、何だって、お道具ぶら下げた男児じゃないか。華桜陰寮の先輩方は、当世流行の男色に毒されているのだな、嘆かわしい。いくらなんでも、男に血道を上げるなど腐っている。」
はじめて噂を耳にしたとき、いくら何でも菩薩と白鶴は気の毒だと、思わずぷっと噴出してしまったくらいだ。
自分が「白鶴」などと呼ばれるわけはないが、そんなあだ名を気の毒だと思う。
「白鶴だなんて……伏見の清酒じゃあるまいし……。」
まだ見ぬ同級生の雰囲気を語る話を耳にして、よく出来た話だと笑いをかみ締めて我慢するうち、思わずたまらず膝をつねって小さな青あざを一つ作った。
だが、実際傍で見た彼等は、良太郎の想像をはるかに超えていた。
極彩色の錦絵から抜け出したと思うほどの、玉容の一対を前に、あんぐりと口を開いたまましばらく良太郎は見惚れていた。
既に一目置かれた二人は、近くで見れば良太郎も一瞬気おされるほどの、玲瓏な美貌だった。良太郎の田舎などでは、ついぞ見かけることもない珍しい生き物のようだ。
「……ひな人形だ……。」
「おや~。佐藤良太郎君?口が開きっぱなしですよ。」
「は……っ!?」
「綺麗な花に見惚れてしまったんですね?見る目はありそうだ。」
「うー……。」
良太郎は、その場で赤べこのようになった顔をぶんぶんと振った。
遅くなりました。
納得いかなくて、ついついお直ししちゃうんだよね……(´・ω・`)すまぬ~
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