淡雪の如く 11
自室に戻ると元士族の木羽市太郎が、何もかも分かった風な口調で告げた。
「ああいうのを、生まれついての公家華族というんだろうね。気位の高さって言うのかな。」
「まさか泣くとは思わなかった。しかも、あんな赤子みたいな無防備な泣き方をするなんて、おかしいだろう……。」
「赤子なら容易いが、自尊心が全ての輩だ。労働の汗も知らないで、思い通りにならないのは世の中のせいで、上手くいくのは自分の力だと思っている人種だ。自由な新政府といいながら、将軍や老中の代わりの特権階級はいくらでもいるって事だね。」
「うちの弟たちの方が、もっとしっかりしているんじゃないかな。それとね、如菩薩は気になる事を言ったんだ。」
「気になること?」
大久保是道が自分に向けて言った、「詩音と君がいればいい」と言う言葉を良太郎は口にした。
「あれは、どういう意味なんだろう?」
木羽が声を掛けた。
「それに関してわからないけど、君は大勢の前で、如菩薩が泣くほどの恥をかかせた。それだけは、間違いないと思うよ。」
「……馬鹿な……あれを恥をかかせたと言うのか?言いたいことがあるなら、自分で言えと言っただけじゃないか。そのくらい、誰だっていうだろう。」
「如菩薩は……おそらく君の言葉を、屈辱と受け取っただろうね。満座の中で、個人的な頼みごとをさせたのだから。」
「う……。」
理解不能で、眩暈(めまい)がしそうだった。
子どものように泣いた大久保是道に、赤子みたいに泣くなと告げた自分は、恥をかかせた上に直も叱りつけたことになるのか……?と、思わず真剣に木羽に問う。
「まあ、そう思って居るだろうな。」
木羽は良太郎に特権階級の思考について説明したが、その説明すら今ひとつ腑におちなかった。
「例えるならば、ぼくのように貧乏な士族とは違って、君の国許の殿さまが頭を下げた話を聞いたことはないだろう?」
「ああ、無いな。」
「頭を下げるのは常に家臣で、例え間違ったことをしても、代わりに責めを負うのも家臣と鎌倉の頃から決まっている。同等ではない、共に生きる一蓮托生の間柄とでもいうのかな。」
「……白鶴がそうなのか?あいつは常に側で、大久保の責めを負う立場なのか?」
腕を組んだ木羽の顔からは、屈託のない笑みが消えうせていた。
「たぶんね。君は時代錯誤だといって大笑いするだろうけれど。小姓としてここに来たのなら、そういう躾を受けて来ていると思うよ。おそらく何かあれば、自分が犠牲になってでも、内藤君は若さまを守るだろうね。」
「……今頃、あの白鶴は、若さまを必死で宥めているか、理不尽な怒りを向けられているか、どちらにしても嵐の中に居るのは間違いないだろうね。気の毒なことだ。」
足元からやりきれなさが立ち上るようだ。
「つまり、ぼくが講堂で如菩薩に恥をかかせた責めを、今頃白鶴が負っているだろうと?」
「おそらくね。仔細は判らないけど、今しばらくはほおっておくほうがいいと思うよ。時間が解決するだろう。」
良太郎は、小さくため息をついた。
明治になって身分制度が無くなったとはいえ、江戸の昔に城主だった一族は未だ広く殿さまと呼ばれていた。
治めていた藩が県になり、城を出て県令(県知事)と名を変えても、城を間近に眺める広い邸宅に住み、忠義な家老や側用人もそのまま役職の名を変え多く仕えている。
高禄を食み、家臣にかしずかれて昔と変わらぬ生き方をしているものは多い…と言いかけた木羽の全てが終わらぬうちに、良太郎は大久保是道の部屋へ走った。
「あっ。待て、佐藤君っ!」
「僕のせいで、白鶴が責めを負うのは我慢ならんっ。」
「ああ、もう~。全くもって猪みたいな性分だな。」
木羽は知らずに上級生が付けた良太郎のあだ名を口にした。
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コメント、感想等もお待ちしております。 此花咲耶
あ~、走って行っちゃった~……(´・ω・`)
「ああいうのを、生まれついての公家華族というんだろうね。気位の高さって言うのかな。」
「まさか泣くとは思わなかった。しかも、あんな赤子みたいな無防備な泣き方をするなんて、おかしいだろう……。」
「赤子なら容易いが、自尊心が全ての輩だ。労働の汗も知らないで、思い通りにならないのは世の中のせいで、上手くいくのは自分の力だと思っている人種だ。自由な新政府といいながら、将軍や老中の代わりの特権階級はいくらでもいるって事だね。」
「うちの弟たちの方が、もっとしっかりしているんじゃないかな。それとね、如菩薩は気になる事を言ったんだ。」
「気になること?」
大久保是道が自分に向けて言った、「詩音と君がいればいい」と言う言葉を良太郎は口にした。
「あれは、どういう意味なんだろう?」
木羽が声を掛けた。
「それに関してわからないけど、君は大勢の前で、如菩薩が泣くほどの恥をかかせた。それだけは、間違いないと思うよ。」
「……馬鹿な……あれを恥をかかせたと言うのか?言いたいことがあるなら、自分で言えと言っただけじゃないか。そのくらい、誰だっていうだろう。」
「如菩薩は……おそらく君の言葉を、屈辱と受け取っただろうね。満座の中で、個人的な頼みごとをさせたのだから。」
「う……。」
理解不能で、眩暈(めまい)がしそうだった。
子どものように泣いた大久保是道に、赤子みたいに泣くなと告げた自分は、恥をかかせた上に直も叱りつけたことになるのか……?と、思わず真剣に木羽に問う。
「まあ、そう思って居るだろうな。」
木羽は良太郎に特権階級の思考について説明したが、その説明すら今ひとつ腑におちなかった。
「例えるならば、ぼくのように貧乏な士族とは違って、君の国許の殿さまが頭を下げた話を聞いたことはないだろう?」
「ああ、無いな。」
「頭を下げるのは常に家臣で、例え間違ったことをしても、代わりに責めを負うのも家臣と鎌倉の頃から決まっている。同等ではない、共に生きる一蓮托生の間柄とでもいうのかな。」
「……白鶴がそうなのか?あいつは常に側で、大久保の責めを負う立場なのか?」
腕を組んだ木羽の顔からは、屈託のない笑みが消えうせていた。
「たぶんね。君は時代錯誤だといって大笑いするだろうけれど。小姓としてここに来たのなら、そういう躾を受けて来ていると思うよ。おそらく何かあれば、自分が犠牲になってでも、内藤君は若さまを守るだろうね。」
「……今頃、あの白鶴は、若さまを必死で宥めているか、理不尽な怒りを向けられているか、どちらにしても嵐の中に居るのは間違いないだろうね。気の毒なことだ。」
足元からやりきれなさが立ち上るようだ。
「つまり、ぼくが講堂で如菩薩に恥をかかせた責めを、今頃白鶴が負っているだろうと?」
「おそらくね。仔細は判らないけど、今しばらくはほおっておくほうがいいと思うよ。時間が解決するだろう。」
良太郎は、小さくため息をついた。
明治になって身分制度が無くなったとはいえ、江戸の昔に城主だった一族は未だ広く殿さまと呼ばれていた。
治めていた藩が県になり、城を出て県令(県知事)と名を変えても、城を間近に眺める広い邸宅に住み、忠義な家老や側用人もそのまま役職の名を変え多く仕えている。
高禄を食み、家臣にかしずかれて昔と変わらぬ生き方をしているものは多い…と言いかけた木羽の全てが終わらぬうちに、良太郎は大久保是道の部屋へ走った。
「あっ。待て、佐藤君っ!」
「僕のせいで、白鶴が責めを負うのは我慢ならんっ。」
「ああ、もう~。全くもって猪みたいな性分だな。」
木羽は知らずに上級生が付けた良太郎のあだ名を口にした。
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あ~、走って行っちゃった~……(´・ω・`)
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