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淡雪の如く 3 

ざわめいていた講堂が、退出してゆく彼らの動きに瞬時に凪のように静まった。ごくりと誰かの喉が鳴る。
遠巻きにされて、おそらく構内を見て回っていただけの彼等は、いつか見世物のように人を集め衆人環視の中にいた。いささか面映ゆいこともあるだろうが、元来全寮制の男子寮など、どこもそういったものだったかも知れない。
気の毒だとは思ったが、誰もが目をやらずにはおれない二人の存在だった。
どうやら主らしい方が口を開いた。思わず、耳をそばだてる。

「詩音。もう部屋に戻る。」

苛々と従者に声をかける新入生は、どうやら足元が気にかかるようだ。

「早くしないか。」

華桜陰高校の方針としては、学内での主従関係は原則禁止である。
明治になって四民平等となり、身分制度は無いことになっていたから学校も例外ではなかった。構内では、万人全て平等であるべきと校規にも掲げられている。
だがそこは暗黙の了解で、入学する多くの者が、学友と言う名の小姓(世話係)をはるばる国許から連れて入寮していた。

「はい。若さま、ただいま。」

他の小姓連れの者のように、彼等も願い出て同室を希望している所を見ると、噂どおり主従関係なのは間違い無いのだろう。言葉遣いがどう見ても主従の物だった。
緩慢な動きに、流行の七つはぎの紳士用深ゴム靴の、サイズが合わなかったのだろうか……と、良太郎は遠巻きにぼんやりと眺めていた。
「菩薩」と早くもあだ名のついた方は、柳眉をひそめてその場で軽く地団太を踏んでいた。

「あの……若さま。ひどく痛みますか?」

「今朝からそう言っているだろう。いますぐ脱ぐから肩を貸せ。」

「駄目です、若さま。せめてお部屋にお戻りになってください。ここでは、おみ足が直接油引きの床に触れてしまいます……。」

傍に寄った詩音と呼ばれた少年は困り顔だった。

「我慢で…きない。ほんの少しでも、動かすと痛む……。」

「あの……では、どなたかをお呼びして、お手をお借りしましょうか?……わたくしでは、若さまを支えきれないかもしれません。あの……お部屋は二階ですし。」

ぐるりと見回した詩音と、目が合った。
なにやら悪いことをしてしまったような気になる。良太郎は、じっと物言いたげな従者に見つめられた。
南無さん……。目立つ二人に関わりたくはなかったが、困っているものを見過ごすわけにもいかなかった。
ずいと進み出た。

「……どうした?靴擦れか?」

「そのようです。出来れば、お手をお貸しいただけると助かります。」

あまりに自然に良太郎が声をかけたので、かえって主人の方を驚かせてしまったようだ。
ぱんと鈴を張ったような瞳を、良太郎に向けた……この形容は女性の物だが、ほかに例えがない。
様子を察して、声にする。

「それ…。新品を下ろして、履いてきたのだろう?」

見つめる二人よりも、注がれる背後からの視線に、良太郎は関わるのではなかったと内心思った。
菩薩と白鶴の主従と関わる自分を見つめる上級生の視線は、感興をわかせたらしくひどく楽しげだ。
この行いは、どうやら上級生を喜ばせているらしい。

見た目に似合わぬ気難しやの西国の若さまが、鶴のような小姓をつれて入学してきたらしい。果たして、この童子をお気に召すかな…と聞こえてきた。面倒臭い輩とは絶対に関わるまいと誓ったばかりなのに。
……やれやれ。
良太郎は、自分の性分に軽く失望した。




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