淡雪の如く 4
菩薩は、ぴったりとした上等の黒靴を履いていた。
「ねぇ。……それは、横浜辺りで、西洋人に作らせた靴だろう?」
「そうです。殿さまが若さまのために、横浜で特別に求めたものです。」
「そうか、僕の履いているもそうなんだ。普段、履きなれていないものは、知らないと思うが……。東洋人の足は、西洋人に比べると甲が高くて足の幅が広いんだ。だから、ここをシューキーパーというもので、少し広げてやらないといけないそうだよ。」
良太郎は、少し固めの黒靴の小指の辺りを指差した。
想像通り遊びがなく、つっ……と、小さく呻くのが聞こえた。
「僕も初めて履いたときに、靴擦れを作ったよ。もっとも、靴を広げる話は洋行帰りの叔父上の受け売りなんだ。」
「あの……すぐに、外出許可をいただいて靴屋に参ります。どうも、ご親切に……あの…わたくしは、内藤詩音と申します。」
「僕は、君等と同じく新入生の佐藤良太郎だ。田舎者だがよろしく頼む。」
視線をめぐらせ、おそらく主(と思われる)の方へもついでに会釈した。
そして、一つの申し出をした。
「僕の肩で良ければ、貸そうか?普段、野良で鍛えているから、力には自信がある。」
足が痛むのか、眉間に縦皺を一本作った如菩薩が、詩音に身体を預けたまま薄い唇を引き結び、斜めに良太郎を見上げた。
切れ長の大きな目が、じんわりと潤む。かなりの痛みを我慢しているようだった。
「そんなにひどく痛むのか?」
「……んっ……。」
目を泳がして認めたので、良太郎は弟にするように膝裏に手を掛け、ひょいと貴人を持ち上げた。
「…あっ!」
「若さまに何をなさいます!ご無礼です。」
「え……?」
白鶴が驚き、声を上げて腕に縋った。
良太郎も驚いた。意外だった。弟妹が転んで怪我をしたときなど、いつもこうしている。
「無礼も何も、泣くほど痛むのだろう?部屋の番号をいいたまえ、歩くよりは遥かに楽だと思うが?……それとも、このまま床に下ろした方がいいのか?」
「…いえ、それは……。」
「言っておくが、寮の廊下に人力(車)を呼んだりは出来ないぞ。その細腕では、大事な若さまを抱えたりできないんじゃないかと思ったんだが、どうする?代わるのか?」
はっとした白い首が、「失礼なことをいいました、申し訳ございません。」と、深く下がった。
「それではお部屋に、ご案内いたします。若さまを、お願いいたします。佐藤さま。」
「さあ、若さま、しばらくのご辛抱です。すぐにお楽になりますから。」
如菩薩は何も言わず、抱きかかえられたままじっと驚いたように、良太郎を見つめていた。
良太郎は呆れた。
「君も木偶人形のようにしていないで、僕の首に手を回したまえ。」
落ちるぞと、声をかけた。
おずおずと、野良仕事などとは無縁の華奢な白い手が回され、小さな頭が良太郎の頬にくすぐったく擦り付けられた。
「変わらない。……やっぱり、君はお日さまの匂いがする…。」
「え…、何か言ったか?」
菩薩が何か言ったようだったが、良太郎は聞き逃した。
しっかりと、首に掻きついた同級生を抱え良太郎は、軽々と階段を昇った。
……焚き染めた甘い香が、鼻腔をくすぐった。
なるほど、ありがたくは無いだろうが、少女のようと言われるだけあって、恐ろしく軽量だった。
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コメント、感想等もお待ちしております。 此花咲耶
「ねぇ。……それは、横浜辺りで、西洋人に作らせた靴だろう?」
「そうです。殿さまが若さまのために、横浜で特別に求めたものです。」
「そうか、僕の履いているもそうなんだ。普段、履きなれていないものは、知らないと思うが……。東洋人の足は、西洋人に比べると甲が高くて足の幅が広いんだ。だから、ここをシューキーパーというもので、少し広げてやらないといけないそうだよ。」
良太郎は、少し固めの黒靴の小指の辺りを指差した。
想像通り遊びがなく、つっ……と、小さく呻くのが聞こえた。
「僕も初めて履いたときに、靴擦れを作ったよ。もっとも、靴を広げる話は洋行帰りの叔父上の受け売りなんだ。」
「あの……すぐに、外出許可をいただいて靴屋に参ります。どうも、ご親切に……あの…わたくしは、内藤詩音と申します。」
「僕は、君等と同じく新入生の佐藤良太郎だ。田舎者だがよろしく頼む。」
視線をめぐらせ、おそらく主(と思われる)の方へもついでに会釈した。
そして、一つの申し出をした。
「僕の肩で良ければ、貸そうか?普段、野良で鍛えているから、力には自信がある。」
足が痛むのか、眉間に縦皺を一本作った如菩薩が、詩音に身体を預けたまま薄い唇を引き結び、斜めに良太郎を見上げた。
切れ長の大きな目が、じんわりと潤む。かなりの痛みを我慢しているようだった。
「そんなにひどく痛むのか?」
「……んっ……。」
目を泳がして認めたので、良太郎は弟にするように膝裏に手を掛け、ひょいと貴人を持ち上げた。
「…あっ!」
「若さまに何をなさいます!ご無礼です。」
「え……?」
白鶴が驚き、声を上げて腕に縋った。
良太郎も驚いた。意外だった。弟妹が転んで怪我をしたときなど、いつもこうしている。
「無礼も何も、泣くほど痛むのだろう?部屋の番号をいいたまえ、歩くよりは遥かに楽だと思うが?……それとも、このまま床に下ろした方がいいのか?」
「…いえ、それは……。」
「言っておくが、寮の廊下に人力(車)を呼んだりは出来ないぞ。その細腕では、大事な若さまを抱えたりできないんじゃないかと思ったんだが、どうする?代わるのか?」
はっとした白い首が、「失礼なことをいいました、申し訳ございません。」と、深く下がった。
「それではお部屋に、ご案内いたします。若さまを、お願いいたします。佐藤さま。」
「さあ、若さま、しばらくのご辛抱です。すぐにお楽になりますから。」
如菩薩は何も言わず、抱きかかえられたままじっと驚いたように、良太郎を見つめていた。
良太郎は呆れた。
「君も木偶人形のようにしていないで、僕の首に手を回したまえ。」
落ちるぞと、声をかけた。
おずおずと、野良仕事などとは無縁の華奢な白い手が回され、小さな頭が良太郎の頬にくすぐったく擦り付けられた。
「変わらない。……やっぱり、君はお日さまの匂いがする…。」
「え…、何か言ったか?」
菩薩が何か言ったようだったが、良太郎は聞き逃した。
しっかりと、首に掻きついた同級生を抱え良太郎は、軽々と階段を昇った。
……焚き染めた甘い香が、鼻腔をくすぐった。
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