流れる雲の果て……3
「お師匠さん、ねぇ、お医者さまを呼ばなくてもいいかな。」
「意識はあるから、様子を見よう。」
「すみ……ません。少し休めば、大丈夫ですから……。帰って薬を飲めば落ち着きます。ご迷惑をお掛けして、申し訳ないです……。」
「いいから、寝てなって。」
青年は、しばらく横になって休んだ後、やがて、もう大丈夫だからと丁寧に言って頭を下げ劇団を後にした。
白蝋のように青ざめた顔に、はらりと前髪が落ちる。削り出したような細い鼻梁の美しさに醍醐が気付いた。どこまでも儚げな風情だった。
「ありゃ散り際の桜だな。」
意味深な醍醐の呟きに、羽鳥が静かにうなずいた。
*****
大二郎は劇場を後にした青年の後を追った。
「お兄さん。家まで送ってゆくよ。」
「いいよ。家は、すぐ近くだから……あ……っ。」
「まだふらついてるじゃない。もしよかったら、背中貸そうか?」
「……君が背負ってくれるの?」
くすりと青年は笑った。無理もない。
大二郎は青年よりもはるかにちびだった。
「あ。笑ったな~。くそ~、気にしてるのに。」
「ごめんね……。嬉しかったんだよ。君の背は、まだまだ伸びるよ、きっと。」
結局二人は並んで、ゆっくり青年の家に向かった。
華奢な青年の身に着けたスーツは、体にフィットした質の良いもので、そのブランド名を見て、この人はきっと良い暮らしをしているんだろうなと、大二郎は想像する。
ところが、ここだよと言われた青年の住屋に着いて、大二郎は思わず「嘘だろ~。」と口にしてしまった。
築何十年も経つようなアパートは、外階段も木造の、今にも倒れそうな古いものだった。庭木もうっそうとして、まるで人外の生き物がひっそりと隠れて息づいていそうな気がする。
「お化け屋……おっそろしいほど……アンティークだ。」
「うまいね。傷付けないように、今考えただろ?」
「だれにだって、事情はあるさ。おれなんて、生まれた時から、ずっと楽屋が家で根無し草だ。住むところがあるだけいいよ。どこだって、住めば都って言うじゃないか。」
「そうだね。住む場所なんて、どうだっていい。せっかくだから上がって。」
「いいの?」
「何もないけど、たぶん……冷蔵庫に新しいお茶が入ってる。」
招き入れられた部屋に入って、再び大二郎は絶句した。
「ほんとに何もない……。」
引っ越し荷物の段ボールは、そのまま梱包も解かれないまま、部屋の隅に置かれている。
畳は日に焼けて何年も人が住んでいなかったようだ。家財も見渡したところ、タンスもなく冷蔵庫だけのようだった。
「なんかさ……夜逃げしてきたみたいだ。何もないんだね。」
ペットボトルをほおって、青年は違いないと言って肩をすくめた。
「そんなようなものだよ。」
「おふとん敷いてあげたいんだけど……ないの?」
「昨日、買いに行くつもりだったんだけど、ちょっと調子が悪くなってしまって、やめたんだ。」
「ねぇ。お兄さん、名前なんて言うの?」
「名前……?ああ、美千緒、尾関美千緒というんだ。」
「どんな字?」
「美しい千の緒。鼻緒の緒だよ。」
「へぇ、綺麗な名前だね。お兄さんに似合ってる。」
「そう?名前は亡くなった父親に貰った唯一のものなんだ。褒めてもらってうれしいよ。」
話をしながら大二郎は、この部屋にまるで生活感の無いことに違和感を覚えた。流しにも茶碗の一つもないし洗剤もない。
この細い青年は、何か訳ありで、本当にどこからか夜逃げでもして来たのかもしれなかった。
色々陰のあるお兄さんです。年齢はまだ出てきませんが、大二郎くんよりもかなり年上です。
(´・ω・`) 大二郎「だいじょぶ……?」
(〃ー〃) 美千緒「ありがとう。大丈夫だよ。」
美千緒という名は、美しい千本の紐で縁をつなぐという意味で、父親が名づけてくれました……という設定でっす。
このあたりのエピソードははしょりますが、設定を考えていると、どんどんページ数が増えてしまいます。
(*⌒▽⌒*)♪うふふ~♡
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