流れる雲の果て……9
静かに伏せる耳元に、囁く。
「美千緒さん、ねぇ……もう一回挿れてもいい?」
「う……。」
無理をさせてしまったと、大二郎が気が付いたのは、動けなくなった美千緒が白い横顔を向けた時だった。
「……ごめんね。無理みた……い。ちょっと休ませて、聡(さとし)……。」
口にしてしまった名前に、驚いたのは大二郎よりもむしろ美千緒の方だった。
「あ……、大ちゃん、ごめん。」
「誰?」
「忘れて。……同じ言葉を聞いたから、つい反応してしまった。ぼんやりしてて、ごめん。」
「話してくれるって言ったよ?おれの聞きたいことはみんな、教えてくれるんでしょう?」
「困ったな。」
大二郎は既に薄々気づいていた。「聡(さとし)」と呼んだのは、きっと美千緒の恋人の名前だ。離れていても、つい呼んでしまうほど、深く心に刻まれている名前。
「聡さんって、美千緒さんの……恋人?」
「昔のことだよ。」
「今も忘れてない。」
「とうに忘れたよ。今は幸せに暮らしている。ぼくみたいな厄介者は、傍に居ちゃいけないんだ。」
「どんな人?姿かたちは、誰に似てるの?」
「大ちゃん……。ごめんね、傷つけてしまったね。どうかしてたんだ。とうに別れた人の名前を呼ぶなんて、未練がましくて情けないよ。」
「いいから、答えて。」
真っ直ぐに問う大二郎の視線ときつい口調に、美千緒は戸惑っていた。
「顔はね……大ちゃんと……というよりも、醍醐さんに目許が良く似てるかな。大きなくっきりとした切れ長の二重でね……吸い込まれそうになる。」
「そう。だから、毎日舞台を見に来たのか。身体の具合が悪くても、お師匠さんに逢いたくて通ってきてたのか。」
「……ごめん。」
「謝ってほしいんじゃない。美千緒さんは、ずっと通い詰めて、お師匠さんに良く似たおれを見てたんだ。」
「うん、ごめん。」
「……夜公演の時間だから、おれ、行くね。」
「大ちゃん、怒った?」
「気にしなくていいよ。色々教えてくれてありがと……おれ、美千緒さんの事、好きだよ。」
心の中で「おれのことを、見てくれなくても」と、呟いた。
脱ぎ捨てたジャージを身に着ける。
これまでと変わらない、美千緒が自分に向けた優しい眼差しを背中に感じる。
自分の向こうに美千緒が見ていた、知らない誰かが妬ましかった。
ちょっと切ない大二郎の初体験でした。
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がんばりすぎて(何を?)、朝起きたら首が回らなくなってたこのちん……明日の分はできてるんだけど。
(´・ω・`)とりあえず、整体行ってきた……。 此花咲耶
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