流れる雲の果て……5
ある日、学校からものすごい勢いで走って来た大二郎は、劇団の中を走り回って美千緒を探した。
「ねぇ、美千緒さんは?」
「昼前から、アパートに帰ってるんじゃないか?今日は、まだ見てないぞ。」
「そう。ありがとう!」
「どうしたんだ。何かえらく急いでるんだな。今日は夜公演だけだから、夕方になったら来るだろう?」
「数学のテストが返って来たんだよ。美千緒さんに早く見せたいの!」
「出来が良かったのか?」
「70点だった~!」
「おお、それはすごいな。早く知らせて来い。」
「うんっ!」
ついこの間まで、掛け算の九九すらまともに言えなかった大二郎にとって、因数分解のテストで70点を取ったことは快挙だった。数学担当の教師すら驚く速度で、大二郎は学習していた。
美千緒の住むアパートへ、大二郎はひたすら駆けた。
*****
「美千緒さ~んっ!」
室内に居ても、薄い壁越しに大二郎の明るい声が響いてくる。
誰かと電話で話していた美千緒は、慌てた。
「……これ以上、工面するのは無理だから、もう電話はかけてこないでください。ぼくにはこれ以上、どうすることもできませんから、義父さんに、そう伝えて。」
「携帯も手放すつもりだから、電話もかけてこないでください。縁を切ってくださって、結構です。じゃ……。」
「美千緒さん~!」
「わ!」
息せき切って転がりこんできた大二郎を、受け止めそこなって西日の入る部屋に二人して倒れ込んだ。
「……どうしたの?大ちゃん……?心臓がどきどきしてる。」
「一番に見せたかったから、全速力で走って来た。」
「え?」
握り締めて走って来たくしゃくしゃの答案用紙を広げたら、美千緒の顔にぱっと朱が走り明るくなった。
「70点だ……すごい。この間まで、一桁だったのに。」
覗き込む大二郎が、褒めてもらおうと待っている。
美千緒は内容を確かめて、ケアレスミスを見つけた。
「大ちゃん。6×7は?」
「48。」
「42だ。惜しかったね。本当なら80点取れてたよ。」
「え~~?どこどこ。」
「ほら、ここ。ケアレスミスだ。」
「う~……。」
「そんな顔しないの。」
「だって……。悔しいよ。でも……おれね。こんないい点取ったの、生まれて初めて。」
「大二郎くんは、とても良く頑張ってるよ。どんどん点数が上がって、先生は嬉しいです。」
「ほんと?」
「本当だよ、いい生徒だ。呑み込みが良くて教えるのに張り合いがある。ぼくでもまだ、誰かの役に立てることが有ったんだって思えて、うれしいよ。」
ぽんぽんと頭を撫でながら向ける美千緒の笑顔は、とても優しい。
ただその優しさは、とても儚くて、もろく消え失せるような気がして、腕を伸ばして掴まずにはいられなかった。
大二郎は美千緒の胸に顔をうずめた。
「美千緒さん……。」
「美千緒さん。ずっとおれの傍に居てね。どこにも行かないでね。」
「大ちゃんは、甘えん坊だなぁ……。」
大二郎は、この優しい青年が、とても好きだった。
美千緒も、この人懐っこい少年に救われていた。
互いに、いつまでもこの時が続きますようにと願った。
お兄ちゃんができたようで、大二郎くんはうれしそうです。
(ノ´▽`)ノヽ(´▽`ヽ)「やった~、70点~」
がんばったね。(*⌒▽⌒*)♪
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「ねぇ、美千緒さんは?」
「昼前から、アパートに帰ってるんじゃないか?今日は、まだ見てないぞ。」
「そう。ありがとう!」
「どうしたんだ。何かえらく急いでるんだな。今日は夜公演だけだから、夕方になったら来るだろう?」
「数学のテストが返って来たんだよ。美千緒さんに早く見せたいの!」
「出来が良かったのか?」
「70点だった~!」
「おお、それはすごいな。早く知らせて来い。」
「うんっ!」
ついこの間まで、掛け算の九九すらまともに言えなかった大二郎にとって、因数分解のテストで70点を取ったことは快挙だった。数学担当の教師すら驚く速度で、大二郎は学習していた。
美千緒の住むアパートへ、大二郎はひたすら駆けた。
*****
「美千緒さ~んっ!」
室内に居ても、薄い壁越しに大二郎の明るい声が響いてくる。
誰かと電話で話していた美千緒は、慌てた。
「……これ以上、工面するのは無理だから、もう電話はかけてこないでください。ぼくにはこれ以上、どうすることもできませんから、義父さんに、そう伝えて。」
「携帯も手放すつもりだから、電話もかけてこないでください。縁を切ってくださって、結構です。じゃ……。」
「美千緒さん~!」
「わ!」
息せき切って転がりこんできた大二郎を、受け止めそこなって西日の入る部屋に二人して倒れ込んだ。
「……どうしたの?大ちゃん……?心臓がどきどきしてる。」
「一番に見せたかったから、全速力で走って来た。」
「え?」
握り締めて走って来たくしゃくしゃの答案用紙を広げたら、美千緒の顔にぱっと朱が走り明るくなった。
「70点だ……すごい。この間まで、一桁だったのに。」
覗き込む大二郎が、褒めてもらおうと待っている。
美千緒は内容を確かめて、ケアレスミスを見つけた。
「大ちゃん。6×7は?」
「48。」
「42だ。惜しかったね。本当なら80点取れてたよ。」
「え~~?どこどこ。」
「ほら、ここ。ケアレスミスだ。」
「う~……。」
「そんな顔しないの。」
「だって……。悔しいよ。でも……おれね。こんないい点取ったの、生まれて初めて。」
「大二郎くんは、とても良く頑張ってるよ。どんどん点数が上がって、先生は嬉しいです。」
「ほんと?」
「本当だよ、いい生徒だ。呑み込みが良くて教えるのに張り合いがある。ぼくでもまだ、誰かの役に立てることが有ったんだって思えて、うれしいよ。」
ぽんぽんと頭を撫でながら向ける美千緒の笑顔は、とても優しい。
ただその優しさは、とても儚くて、もろく消え失せるような気がして、腕を伸ばして掴まずにはいられなかった。
大二郎は美千緒の胸に顔をうずめた。
「美千緒さん……。」
「美千緒さん。ずっとおれの傍に居てね。どこにも行かないでね。」
「大ちゃんは、甘えん坊だなぁ……。」
大二郎は、この優しい青年が、とても好きだった。
美千緒も、この人懐っこい少年に救われていた。
互いに、いつまでもこの時が続きますようにと願った。
お兄ちゃんができたようで、大二郎くんはうれしそうです。
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