流れる雲の果て……4
「お兄さん。美千緒さんって呼んでいい?」
「いいよ、何とでも。」
「あのね、相談してもいいかな?」
「なんだろう?」
「……おれ、学校の勉強できないんだ。」
「うん?勉強?」
尾関は訝しげな顔を向ける。唐突に何を話し始めたのだろうとでも思っている風だ。
「美千緒さん。思い切って言うんだけど……、おれの家庭教師してくれない?あの、空いた時間に、夜遅くとかに少しだけでもいいんだけど。」
「仕事は最近辞めたんだ。だから、時間はたくさんあるよ。教師にはならなかったけど、一応教員免許を持っているから、中学生の家庭教師位なら出来ると思う。」
「ほんと?じゃあ、教えてくれる?ご飯付けるから家庭教師してください。おれね、二ケタの引き算でつまづいたままだから、教え甲斐はあると思うよ。」
「本人から教え甲斐があるって、誘われたのは始めてだ。」
尾関美千緒は、楽しそうに笑った。
「ご飯食べさせてくれるなら、願ったりかなったりだ。御覧の通り、まだ炊飯器も買って無くてね。」
「じゃあ、いこ。晩御飯、まだあるはずだよ。今日はカレーだったはずだから、急いで。遅くなると肉が無くなるっ。生存競争激しいの。」
大二郎は尾関美千緒の手を取った。
「明日からでいいよ。もう帰って来てしまったし。」
「駄目だよ。食べるもの、何もないじゃないか。行こう。何なら、おれの布団にそのまま泊まればいいよ。」
華奢な青年と、大二郎の出会いはこんな風だった。
そして、その夜から美千緒は、楽屋に敷かれた大二郎のせんべい布団に、一緒に眠ることになった。
*****
「大ちゃん。大ちゃん。起きないと学校遅れるよ。ほら。」
「ん~……。」
「学校行くときは、ちゃんとぱんつ穿くんだよ。ここに出しておくからね。」
「ぱんつ、きらい~。」
「駄目だよ。ほら、いい子だから。もう、小学生は出発したよ。」
劇団の夜は遅く、朝は早い。
大二郎を起こすのは、いつしか尾関の役目になっている。あれから尾関は大二郎の頼みを聞き入れて、劇団醍醐に出入りすることになった。大二郎を送り出した後は、自宅に帰って横になっているらしい。
大二郎が中学から帰ってくるころ、再び劇団に顔を出した。
「ほら、目を覚まして。しっかり噛んでご飯食べないとだめだよ。」
「美千緒さんも食べるなら、食べる~。」
「わかった。じゃあ、一緒に食べるから。大ちゃんは着替えて。」
「ん~。」
大二郎は毎朝、そんな会話をして、食の細い尾関に食事を取らせていた。
自分の話は何もしないが、尾関美千緒には寂しげな影があるのを周囲の誰もが気付いていた。
何かしら訳ありの団員が多い中で、誰も尾関の過去に触れることはなかった。
大二郎も父親と羽鳥に尾関美千緒のアパートの様子を話したが、いつか自分から話す気になるまでそっとしておきなさいと言われ頷いた。
「だれにだって、一つや二つ話したくないことくらいあるだろう。どうせ、一人や二人増えたって大所帯なんだ、構やしないさ。一つ釜つついて飯でも食った方が、余計なことを考えなくていいかもしれない。」
「醍醐さん。それに尾関さんは、大二郎の勉強を見てくれるって言うんです。こちらにしてみれば、もう渡りに船みたいなものですよ。教員免許持ってるって言ってましたし、大助かりです。」
「なんだ、大二郎。自分の為に引っ張って来たのか。」
「だって美千緒さんは、おれに優しいもん。勉強だって羽鳥より教えるのうまいぞ。おれ、もう掛け算の九九、6の段やってるんだ。」
「生徒の出来が悪すぎて、おれの手には負えなかったんだよ。」
「くそ~。羽鳥の意地悪。」
そんな会話を、尾関は優しく微笑みながら聞いて居た。
*****
尾関美千緒は甲斐甲斐しく大二郎の世話を焼き、いつしか年の離れた兄のような存在になっていた。
時折、人目の無いところで苦しそうにすることもあったが、劇団醍醐は尾関にとっても居心地の良い場所のようだ。
優しい青年、尾関美千緒は大二郎くんの世話係みたいです。
このままで終われないよね~……。(´・ω・`)
本日もお読みいただきありがとうございます。
拍手もポチもコメントもありがとうございます。
とても励みになっています。 此花咲耶
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「あのね、相談してもいいかな?」
「なんだろう?」
「……おれ、学校の勉強できないんだ。」
「うん?勉強?」
尾関は訝しげな顔を向ける。唐突に何を話し始めたのだろうとでも思っている風だ。
「美千緒さん。思い切って言うんだけど……、おれの家庭教師してくれない?あの、空いた時間に、夜遅くとかに少しだけでもいいんだけど。」
「仕事は最近辞めたんだ。だから、時間はたくさんあるよ。教師にはならなかったけど、一応教員免許を持っているから、中学生の家庭教師位なら出来ると思う。」
「ほんと?じゃあ、教えてくれる?ご飯付けるから家庭教師してください。おれね、二ケタの引き算でつまづいたままだから、教え甲斐はあると思うよ。」
「本人から教え甲斐があるって、誘われたのは始めてだ。」
尾関美千緒は、楽しそうに笑った。
「ご飯食べさせてくれるなら、願ったりかなったりだ。御覧の通り、まだ炊飯器も買って無くてね。」
「じゃあ、いこ。晩御飯、まだあるはずだよ。今日はカレーだったはずだから、急いで。遅くなると肉が無くなるっ。生存競争激しいの。」
大二郎は尾関美千緒の手を取った。
「明日からでいいよ。もう帰って来てしまったし。」
「駄目だよ。食べるもの、何もないじゃないか。行こう。何なら、おれの布団にそのまま泊まればいいよ。」
華奢な青年と、大二郎の出会いはこんな風だった。
そして、その夜から美千緒は、楽屋に敷かれた大二郎のせんべい布団に、一緒に眠ることになった。
*****
「大ちゃん。大ちゃん。起きないと学校遅れるよ。ほら。」
「ん~……。」
「学校行くときは、ちゃんとぱんつ穿くんだよ。ここに出しておくからね。」
「ぱんつ、きらい~。」
「駄目だよ。ほら、いい子だから。もう、小学生は出発したよ。」
劇団の夜は遅く、朝は早い。
大二郎を起こすのは、いつしか尾関の役目になっている。あれから尾関は大二郎の頼みを聞き入れて、劇団醍醐に出入りすることになった。大二郎を送り出した後は、自宅に帰って横になっているらしい。
大二郎が中学から帰ってくるころ、再び劇団に顔を出した。
「ほら、目を覚まして。しっかり噛んでご飯食べないとだめだよ。」
「美千緒さんも食べるなら、食べる~。」
「わかった。じゃあ、一緒に食べるから。大ちゃんは着替えて。」
「ん~。」
大二郎は毎朝、そんな会話をして、食の細い尾関に食事を取らせていた。
自分の話は何もしないが、尾関美千緒には寂しげな影があるのを周囲の誰もが気付いていた。
何かしら訳ありの団員が多い中で、誰も尾関の過去に触れることはなかった。
大二郎も父親と羽鳥に尾関美千緒のアパートの様子を話したが、いつか自分から話す気になるまでそっとしておきなさいと言われ頷いた。
「だれにだって、一つや二つ話したくないことくらいあるだろう。どうせ、一人や二人増えたって大所帯なんだ、構やしないさ。一つ釜つついて飯でも食った方が、余計なことを考えなくていいかもしれない。」
「醍醐さん。それに尾関さんは、大二郎の勉強を見てくれるって言うんです。こちらにしてみれば、もう渡りに船みたいなものですよ。教員免許持ってるって言ってましたし、大助かりです。」
「なんだ、大二郎。自分の為に引っ張って来たのか。」
「だって美千緒さんは、おれに優しいもん。勉強だって羽鳥より教えるのうまいぞ。おれ、もう掛け算の九九、6の段やってるんだ。」
「生徒の出来が悪すぎて、おれの手には負えなかったんだよ。」
「くそ~。羽鳥の意地悪。」
そんな会話を、尾関は優しく微笑みながら聞いて居た。
*****
尾関美千緒は甲斐甲斐しく大二郎の世話を焼き、いつしか年の離れた兄のような存在になっていた。
時折、人目の無いところで苦しそうにすることもあったが、劇団醍醐は尾関にとっても居心地の良い場所のようだ。
優しい青年、尾関美千緒は大二郎くんの世話係みたいです。
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