夜の虹 9
「あんな女とやるなんて……兄貴のバカ。」
嬌声と共に、月虹の囲う女が一人増えただけの話だが、涼介は無性に腹立たしかった。スナック花菱のママは、苦労してきた雪ちゃんとも実花ちゃんとも違う。
これまでみかじめ料の契約を引伸ばしてきたのは、結局、月虹を手に入れるために自分を高く売りたかっただけなのだと思った。月虹が女の思い通りになったのが腹立たしい。
*****
それでも一戦交えて、裏口から出て来た月虹に「お疲れ様です。」と、涼介は何事もなかったように声を掛ける。
「待たせたな、腹減っただろう。うなぎでも食いに行くか?」
「あの……兄貴は、あんな女を抱いて何ともないんですか……おれは兄貴がこけにされるのはいやです。」
思いつめた目をしていた。
「涼介……?どうした?」
自分が何を言ったか、はっと気づいて、涼介はぶんぶんと横に頭を振った。
「あ……、な、なんでもないです。気にしないでください。やだなぁ、何かあの女が盛りのついた猫みたいによがるんで、当てられちまったみたいだ。」
「そうかい?言いたいことがあるなら、腹に貯め込まずに、言えよ?暗いことがあると、気持ちが腐るって言うだろう?あれは本当なんだ。悲しいままでいるとな、誰でもここがな、じわじわ腐りかけちまうんだよ。一人で抱え込むなよ、涼介。」
月虹はとんと胸を叩き、涼介に優しい顔を向けた。微笑む月虹は何でも許してくれそうに見えて、思わずみんな打ち明けてしまいそうになる。涼介は頭を振って小さく息を吐いた。
「……兄貴の本当の恋人って、誰なんですか?……」
呟きは小さな声だったが、月虹は拾った。
「どうしたい?いきなり、そんな話を聞きたがるなんて。」
顔をあげた涼介の瞳は、濡れていた。
どこかでその瞳を見知っているような気がして、月虹は涼介の顔を覗き込み、薄い二枚貝のような唇を何気なくついと啄(つい)ばんだ。
思い詰めた涼介の拳が握られて、そっと月虹の背中に回った。
「兄貴……おれだけのものになってください。」
「涼介……?」
「あんなずるい女に、兄貴を渡したくない。あんな女、いやだ……」
涼介の手の中には、いつしか細く煌めく刃物が握られていて、月虹を抱きしめるようにしたまま、とんと背後から背中に躊躇した切っ先が浅くめり込んだ。
「つっ!」
目を瞠った月虹と、思い詰めた視線が絡む。
「おれ……あんな女に、兄貴がこけにされるのはいやなんです。あんな女に渡すくらいなら、いっそ……おれのものになって……。」
焼けつくような熱さに、月虹が背中に手をやると、脇腹に掛けて痛みが走り、思わず前のめりに膝をついた。手のひらのぬめりに、刺されたと直感した。多分、傷は肋骨で留まり切先は横滑りして斜めに走っただけでそれほど深くはない。まともに息が出来るのを確かめて、内心胸をなでおろした。
「……涼介、お前、本気でおれが……欲しかったのか?」
「あ……あぁ、おれ……なんてことを……」
月虹の言葉に、はっと気が付いた涼介は顔色を失くし、その場に刃物を取り落し後ずさった。
「……すみません。ほんと、すみませんっ。おれ……っ。兄貴にこんなことするなんて……わ~ん……」
「……待てって……涼介!」
涼介はすみませんと繰り返し、泣きながら走り去った。
ああ、あの目はあいつの目だ。どこかで見たことあったなと思ったのは、月虹が亡くした過去の恋人の瞳と似ていたからだ。
「馬鹿野郎……話の途中だろ……」
意識がふっと飛びそうになるのを堪え、何とか立ち上がったら、ぴりと表皮がつった。
「つっ……!きちんと言わなきゃわかんないだろうって、あれほど言ってるのに。まったく、もう……。どいつもこいつも。……ああ、雪か?すぐに出れるか?ちょっと怪我しちまってな……ああ、大したことはないから。」
直ぐに看護師志望の雪ちゃんに電話して手当てを頼んだ。
すれてない涼介が、泣きながらどこへ行くか月虹には見当がついていた。
本日もお読みいただき、ありがとうございます。
思い詰めた涼介はとんでもない行動に走ってしまいました。
ウワァァ-----。゚(゚´Д`゚)゚。-----ン!!!!涼介「……お、おれ……」
( *`ω´) 月虹 「バ、バカ野郎~!」
この先、涼介の思いは報われるのか。
どこへ行ったのかしら……(*´・ω・)(・ω・`*)ネー