夜の虹 7
「ちょいと、出かけてくる。」
「あ、おれも一緒に……」
「仕事だ。」
そう言われては、引き下がるしかない。
姿のいいのはいつもだが、この最近はより気合を入れて良い匂いまで吹き付けている月虹だった。すっきりとした青いシトラスの、月虹に似合いの柑橘系の香りが漂う。
涼介は月虹が細いコームを片手に鏡に向かう間、足元に跪いて革靴をぴかぴかに磨き上げた。
「いつもながらいい男っすねぇ!兄貴。」
「おう。」
腕を延ばすと、ぐしゃぐしゃと涼介の頭をかき混ぜた。
「いいな。手筈通りにやってくれよ。」
「はい。」
頷く涼介は、今夜もう一人の舎弟、六郎を連れて一つ芝居を打つことになっている。シマに新しくスナックが出来たのだが、警察の知り合いが居るとかで用心棒代の必要もないと、店の者は、若頭が切り出した「みかじめ料」をそっけなく拒んだらしい。
何か困ったことがあれば、駆けこんでくるのだろうが、相手があると話は余計にややこしくなる。そうなる前に手を打つため、月虹は新しい店に、毎夜水割りを飲みに出かけた。
大切なしのぎのみかじめ料を稼ぐのも暴対法が出来てから、一筋縄ではいかなくなっている。
「あら。今日も来てくれたのね。」
「ああ。ロックを頼む。」
何も知らないママは、ちらりと月虹の姿を盗み見た。些細な会話を重ねる月虹の身なりや整った顔から、それなりの仕事だと踏んでいるらしい。しばらくして「お兄さんは、ホストかしら?」と、決めつけたようにママが言う。水商売をやっているだけあって、見る目はあるらしい。そう見えますか?と月虹は破顔した。
「いえ……、自分はホストなんぞじゃありません。ここら辺りをシマにしている、鴨縞組の代行の仙道月虹と言います。店が気に入ったんで通っているだけです。一杯だけ飲んだらすぐに帰りますから、気にしないで商売続けてください。調度もママに似合いの趣味のいい店だ。」
「そう……あなた、鴨縞組の代行さんなの。そういえば若頭って人が一度、店に来たことがあるわね。」
「いやだなぁ、そんな顔しないで下さいよ。おれが怖い人に見えますか?若頭は確かに鬼瓦みたいな面をしてますが、うちは、そんなおっかない組じゃありません。看板上げて極道なんざ名乗っていますけど、こんなご時世だ。真っ当な店に嫌がらせなんてしませんから、一杯だけ飲ませてください。静かに飲んで帰りますから、邪険にしないでください。」
月虹は黙っていれば役者のような端整な顔を、わざと人懷っこい笑顔に変えた。スナックのママはどこかほっとして、いつもの水割りを寄越した。人当たりの良い綺麗な男が、店の片隅に毎夜やってくるのは気分がいい。
*****
二週間も経った頃、いつしか月虹の話を聞きつけた女性客でにぎわう不思議な店になっていた。ママもいつしか、すっかり慣れて、恋人気取りで月虹の来店を待つようになっていた。
欲しい物を手に入れるのに手間暇を惜しまない、腕のいいスケコマシの月虹に笑いかけるその笑顔は、殆ど心酔しているようにさえ見える。
ある日、月虹は涼介に焼き菓子を買いに行かせた。
その夜、帰る間際「もらい物なんですが貰ってくれませんか。」と恥ずかしげに紙袋をカウンターに置いた。
「あら。兎やのバウムクーヘンじゃない。これ買うのって二時間も行列するのよ。いい人にあげなくてもいいの?」
「やだなぁ。そんな女いませんよ。でなければ毎夜、通ってきませんって。……そうか、身持ちの固いママにはおれの片思いは、通じてなかったんっすね。」
「え?……」
「女性ばかりの行列に、二時間並ぶのは、さすがに恥ずかしかったっす。」
月虹は女たちが子供みたいで一番好きだと言う、くしゃくしゃの笑顔を惜しみなく向けた。
本日もお読みいただき、ありがとうございました。(*⌒▽⌒*)♪
新しい人物です。
月虹はうまく取り入ることができるでしょうか。
(´・ω・`) パソコンの調子が良くないのです……この前、お醤油こぼしたからかなぁ……どきどき。