夜の虹 12
それは、心の奥に深く刻み込まれていた。後悔を伴う過去の話を、月虹はこれまで、鴨嶋組長以外の誰かに話したことはない。
思い出す度、今も失った者への想いが溢れ、胸が締め付けられるような気がする。
「そいつの名は、沢登清介(さわのぼりせいすけ)……というんだ。」
「沢登清介さん……」
涼介は、じっと月虹を見つめた。
*****
高校生の頃、二人は出会った。
出会ったのはもっと前だが、親しくなったのは高校になってからだ。
誰もが夢中になる貌と身体は既に健在で、高校生の月虹は自信に溢れていた。
当時の月虹には、何一つ怖いものはなかった。咲き誇る大輪の匂い薔薇に虫が群れるように、途切れることなく男女問わず人は寄ってきた。
父親が理事を務める有名私立華桜陰高校の生徒会長ともなれば、相手には事欠かない。片手をあげれば、頬を染めてスカートをたくし上げる女子高生は日替わりだった。誰もが恋人になりたがった。
放課後の生徒会室や視聴覚室、一人暮らしのマンションの自室、場所を選ばず連れ込んだ相手に突き入れれば雄芯はイイトコロに必ず当たり、嬌声を上げてよがり狂うさまが、ただ面白かった。
教育実習の女子大生すら、ねぇ、年上のお姉さんはどう?……と月虹の袖を引いた。
生徒会書記の沢登清介が、ふと書き物の手を止めた。
「ねぇ、月虹。噂を聞いたんだけど……ジョゼフィーヌ女学院の生徒会長と本気で付き合ってるの?」
「ジョゼフィーヌ?ああ、あそこの生徒会は、会長以下役員、大方食っちまったかな。お嬢様ってのは、独占欲が強いから一度ごりだな。今度はいつ会えるって、必ず次の約束を取り付けにくるんだ。後腐れ無い方が面倒くさくなくて良いな。」
「そう……、本気じゃないんだ。」
「……どうした?なんでそんな話をするんだ?やきもちか、清介。」
「あっ。」
ぐいと後頭部に手を回し、顔を引き寄せると月虹は同級生「沢登清介」に深く口づけた。慣れない深い口淫に、とろりと溢れる唾液を吸い上げきれず、ぱたぱたと胸元にしたたり落ちるのが、妙に艷めかしい。耳元まで真っ赤に染まった清介は腕の中でもがき逃れようとする。
「やだ…っ!」
「清介だけだな、嫌がるの。おれのこと嫌いなのか?傷付くぞ。おれはこんなになるほど清介のこと好きなんだけどなぁ。」
「嘘つき……そんなことばっかり言って、山ほど恋人がいるじゃないか。」
「清介を抱こうと思っただけで……ほら、見てみろって。」
ちらと月虹を盗み見ると、下肢がぱんと張りつめていて、初心な清介は泣きそうになる。嫌いなわけなどなかった。月虹が自分以外の他の誰かを抱いているのが嫌なだけだ。月虹を受け入れて、満足させてやれる相手を妬ましくさえ思う。
キスの次の行為を待っている自分が浅ましく思えてたまらない。
溢れるわけの無い後孔が、行為に慣れてゆくうち、月虹の怒張を求めて忌まわしく開いてゆき何かがうごめく気さえする。
本当は、誰も抱いてほしくない。ぼくだって月虹が欲しくてたまらないんだと、喉元まで来た言葉をごくりと呑み下した。
外した視線を力なく彷徨わせた清介を、月虹は哀しげに見つめた。
「やっぱり、清介はおれの事は好きじゃないんだな。いいよ、わかった。」
「違う…違うよ、月虹。そうじゃないよ。ま、まだ、高校生なんだもの、あまり……セクスに深入りしちゃ駄目だって思うだけだよ。」
「何でだ?深入りしたっていいじゃないか。おれは抱きたいし、相手は抱かれたい。それ以上の、何があるんだ。」
清介は哀しげに目を伏せて、黙りこくってしまった。きっと何を言っても、月虹の耳には届かない。
「……そうだね。そうかもしれないね。」
「清介は、そうやっていつも飲み込んでしまうんだな。お前はいつだって、口よりも目の方が饒舌(おしゃべり)だ。」
月虹は白いシャツを引き寄せた。
本日もお読みいただきありがとうございます。
遅れてすまぬ~(´・ω・`)
納得いかなくて、直してたら時間ばかり経ってしまいました。
同級生を翻弄していた月虹。
若さは時に残酷なのです……
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