夜の虹 6
普段の軽薄な姿からは想像しにくいが、ホストの月虹にはもう一つの別の顔が有った。
親父と呼ぶ高齢の組長と若頭、舎弟頭と舎弟の涼介しかいない小さな組の組長代行を担っているのは、この町では有名な話だった。
それなりにちっぽけな組を支えている自負もあった。
子組と呼ばれる月虹の小さな組は、シマも小さく組長は高齢で重要視されていない。潰されないためには、親組の元に月々かなりの額の上納金を修めなければならなかった。勿論、滞ればすぐにでも潰される。
組を解散すると行き場の無いものが出来たり、シマで営業する堅気の店に迷惑をかけるからと言って、組長は自分の目が黒いうちは看板を下ろすわけにはいかねぇと言い張った。
だから月虹は、数人の女を連れ囲い、ちっぽけなシマと呼ばれる領域で金を作った。月虹の店での売り上げも、そのほとんどは親組への上納金になる。
「親への金なら無理しなくていいんだぜ、月虹。おれが出向いて、この白髪頭を下げればそれで済む。」
「何言ってるんっすか、おやっさん。極道何て見栄張って何ぼの世界でしょうよ。盃を貰った以上、おれはおやっさんの子供です。何かあったら、おれが身体張りますからね。えらそうにしててください。金なら、おれが何とかしますから。」
月虹が親父と慕う組長は、もうかなりの年で物忘れも酷くなっている。遠出するときなど粗相をすることもあるほどだ。それでも月虹は、この頑なな老人が好きだった。桜の季節に花見に出かけた時、うっかりと小便を漏らしたこともある。濡れた着物に気が付いた月虹が恥をかかせないために、酔った振りをして盛大に一升瓶の酒をぶちまけ、その場で土下座したこともあった。涼介も誰も月虹の芝居に気づかなかった。
帰宅した組長は、二人きりになった時涙を浮かべた。
「俺はこの年になって、女房も子供もいねぇが、お前みたいなやつに巡り合って幸せ者だ。ありがとよ、月虹。」
「おれの方こそ、親孝行の真似事が出来てうれしいっす。」
月虹はうんと昔、行き場を無くして彷徨っていた自分を拾ってくれた組長を、本当の親よりも愛していた。月虹がどこか古臭いのも、昭和の任侠の世界を生きてきた組長の生きざまに影響されているからかもしれない。弱気を助け強きをくじく。薬に決して手を出してはいけない。堅気に迷惑をかけるのが一番いけない。手駒の女は、誰よりも大切にする。
「いいか、月虹。おれの生きてきた極道や、おまえのやってるスケコマシなんざ、本当はまっとうな奴がする商売じゃねぇ。社会の片隅でひっそりと生きてゆくのが似合いなんだ。いいな、こうしてお天道様の真下に居させてもらってることに感謝するんだ。俺は今更、極道以外で生きてはいけねぇが、楽して生きようなんて思っちゃいねぇ。おめぇが、楽したいっていうならいつでも破門してやるから、他所へ行きな。」
薬を仕入れて楽に金もうけしたらどうですかと言った月虹に、おれの所に居たければ薬には絶対手を出すなと、本気で怒鳴った鴨嶋組長だった。
月虹は知らないが、老人は最愛の妻を、薬物で失っていた。まだ看板を上げる前、親組の抗争事件の身代わりで警察に出頭した若い鴨嶋が刑期を終えて家に帰った時、待っていたのは白木の位牌だった。ただ一人待つ寂しさに薬に溺れ、ふらふらと路上を歩いているところを車にはねられたのだと言う。
「……おれはな。薬を売る奴だけは、どうあっても許せねぇんだよ……良い金になるらしいがな。」
「すみません!親父さん!二度とふざけたことは口にしませんから許して下さい。」
穏やかに見える老人が、血相を変えたのをはじめて見た月虹は、言葉を失いその場に額をこすり付けた。恐ろしいほどの気圧に、戦後を生き抜いてきた鴨嶋の生きざまを見るようだった。
だから月虹は、舎弟の涼介にも同じように、そんな話をした。
「いいか?何が有っても鴨嶋の親父に恥をかかせるようなことは、しちゃならないんだ。涼介のことは可愛いが、親父と涼介、どっちかの玉(命)をこの身体を張って護らなきゃいけないって時は、おれは、間違いなく親父の方を守るぜ。涼介には悪いがな。でもな、涼介、全部のカタがついたらきっとお前の所に戻ってやるから、一人になっても泣くなよ?」
そんな時、涼介はふるふると頭をふる。
「そんな兄貴だからこそ、おれはくっついて舎弟やらさせてもらってるんす。仁義忘れちゃ、極道の意味ありません。おれだって、月虹の兄貴の事、命張って守る覚悟位あります。月虹の兄貴。おれ、兄貴のことまじで、す……尊敬してます。」
「そうか。きっちりわかってるじゃないか。親父の頭がしっかりしている時を見計らって、いつか涼介にも盃貰ってやるからな。そうなりゃ、正真正銘の義兄弟ってやつだ。お前は可愛い顔しているし、本当は極道なんぞでいるよりも、メンズキャバクラの方が向いてるんだろうけどな。」
「おれは……今のままがいいっす。」
おれは、兄貴の盃しか要りません。ホストでも極道でも兄貴の傍に居られるなら、なんだっていいんです。
おれは、兄貴だけが好きなんです。
兄貴だけいれば、他は何にも……
そう言いかけて、言葉を飲み込んだ涼介だった。
本日もお読みいただき、ありがとうございます。(*⌒▽⌒*)♪
切るところに迷ってたら、なんだか長くなってしまいました。
(´・ω・`)「……」 ←言えない涼介。
思い詰めなきゃいいけど……(*´・ω・)(・ω・`*)ネー
親父と呼ぶ高齢の組長と若頭、舎弟頭と舎弟の涼介しかいない小さな組の組長代行を担っているのは、この町では有名な話だった。
それなりにちっぽけな組を支えている自負もあった。
子組と呼ばれる月虹の小さな組は、シマも小さく組長は高齢で重要視されていない。潰されないためには、親組の元に月々かなりの額の上納金を修めなければならなかった。勿論、滞ればすぐにでも潰される。
組を解散すると行き場の無いものが出来たり、シマで営業する堅気の店に迷惑をかけるからと言って、組長は自分の目が黒いうちは看板を下ろすわけにはいかねぇと言い張った。
だから月虹は、数人の女を連れ囲い、ちっぽけなシマと呼ばれる領域で金を作った。月虹の店での売り上げも、そのほとんどは親組への上納金になる。
「親への金なら無理しなくていいんだぜ、月虹。おれが出向いて、この白髪頭を下げればそれで済む。」
「何言ってるんっすか、おやっさん。極道何て見栄張って何ぼの世界でしょうよ。盃を貰った以上、おれはおやっさんの子供です。何かあったら、おれが身体張りますからね。えらそうにしててください。金なら、おれが何とかしますから。」
月虹が親父と慕う組長は、もうかなりの年で物忘れも酷くなっている。遠出するときなど粗相をすることもあるほどだ。それでも月虹は、この頑なな老人が好きだった。桜の季節に花見に出かけた時、うっかりと小便を漏らしたこともある。濡れた着物に気が付いた月虹が恥をかかせないために、酔った振りをして盛大に一升瓶の酒をぶちまけ、その場で土下座したこともあった。涼介も誰も月虹の芝居に気づかなかった。
帰宅した組長は、二人きりになった時涙を浮かべた。
「俺はこの年になって、女房も子供もいねぇが、お前みたいなやつに巡り合って幸せ者だ。ありがとよ、月虹。」
「おれの方こそ、親孝行の真似事が出来てうれしいっす。」
月虹はうんと昔、行き場を無くして彷徨っていた自分を拾ってくれた組長を、本当の親よりも愛していた。月虹がどこか古臭いのも、昭和の任侠の世界を生きてきた組長の生きざまに影響されているからかもしれない。弱気を助け強きをくじく。薬に決して手を出してはいけない。堅気に迷惑をかけるのが一番いけない。手駒の女は、誰よりも大切にする。
「いいか、月虹。おれの生きてきた極道や、おまえのやってるスケコマシなんざ、本当はまっとうな奴がする商売じゃねぇ。社会の片隅でひっそりと生きてゆくのが似合いなんだ。いいな、こうしてお天道様の真下に居させてもらってることに感謝するんだ。俺は今更、極道以外で生きてはいけねぇが、楽して生きようなんて思っちゃいねぇ。おめぇが、楽したいっていうならいつでも破門してやるから、他所へ行きな。」
薬を仕入れて楽に金もうけしたらどうですかと言った月虹に、おれの所に居たければ薬には絶対手を出すなと、本気で怒鳴った鴨嶋組長だった。
月虹は知らないが、老人は最愛の妻を、薬物で失っていた。まだ看板を上げる前、親組の抗争事件の身代わりで警察に出頭した若い鴨嶋が刑期を終えて家に帰った時、待っていたのは白木の位牌だった。ただ一人待つ寂しさに薬に溺れ、ふらふらと路上を歩いているところを車にはねられたのだと言う。
「……おれはな。薬を売る奴だけは、どうあっても許せねぇんだよ……良い金になるらしいがな。」
「すみません!親父さん!二度とふざけたことは口にしませんから許して下さい。」
穏やかに見える老人が、血相を変えたのをはじめて見た月虹は、言葉を失いその場に額をこすり付けた。恐ろしいほどの気圧に、戦後を生き抜いてきた鴨嶋の生きざまを見るようだった。
だから月虹は、舎弟の涼介にも同じように、そんな話をした。
「いいか?何が有っても鴨嶋の親父に恥をかかせるようなことは、しちゃならないんだ。涼介のことは可愛いが、親父と涼介、どっちかの玉(命)をこの身体を張って護らなきゃいけないって時は、おれは、間違いなく親父の方を守るぜ。涼介には悪いがな。でもな、涼介、全部のカタがついたらきっとお前の所に戻ってやるから、一人になっても泣くなよ?」
そんな時、涼介はふるふると頭をふる。
「そんな兄貴だからこそ、おれはくっついて舎弟やらさせてもらってるんす。仁義忘れちゃ、極道の意味ありません。おれだって、月虹の兄貴の事、命張って守る覚悟位あります。月虹の兄貴。おれ、兄貴のことまじで、す……尊敬してます。」
「そうか。きっちりわかってるじゃないか。親父の頭がしっかりしている時を見計らって、いつか涼介にも盃貰ってやるからな。そうなりゃ、正真正銘の義兄弟ってやつだ。お前は可愛い顔しているし、本当は極道なんぞでいるよりも、メンズキャバクラの方が向いてるんだろうけどな。」
「おれは……今のままがいいっす。」
おれは、兄貴の盃しか要りません。ホストでも極道でも兄貴の傍に居られるなら、なんだっていいんです。
おれは、兄貴だけが好きなんです。
兄貴だけいれば、他は何にも……
そう言いかけて、言葉を飲み込んだ涼介だった。
本日もお読みいただき、ありがとうございます。(*⌒▽⌒*)♪
切るところに迷ってたら、なんだか長くなってしまいました。
(´・ω・`)「……」 ←言えない涼介。
思い詰めなきゃいいけど……(*´・ω・)(・ω・`*)ネー