夜の虹 5
だがいつしか、月虹の紹介した女を抱くと、出世すると言う不思議な噂が立っていた。確かに、月虹に慰められた彼女たちは男にどん底から這い上がる力を与えた。
不器量な女と客に罵られて泣いた実花ちゃんも、今やキャンセル待ちが出るほどの売れっ子になっている。誰もが羨む美貌の月虹に愛されて自信を付けた「情のある」実花ちゃんは、傷ついた男をレンブラントの描く聖慈母のように抱きしめて魔法の言葉を言う。
仕事で大きな失敗をし落ち込む男を、実花ちゃんは真綿のように温かく包んだ。
「いい?花も実もある実花ちゃんを抱いた人は、間違いなく人生の成功者になるのよ。」
「教えてあげる。あんたは、すごい有名人たちとあたしを通じてつながってるの。」
「え……?」
実花ちゃんは笑顔で嘘をついた。
「……すごいでしょ?みんな、あたしの中にイったのよ。だからあんたも勇気を持って、明日からお仕事頑張るの。きっとうまくくわ。」
男たちは政財界で聞いたことのある名前に身震いしながら暗示にかかり、やがて成功者になってゆく。そして成功の理由を問われた者は、誰かの耳にそっとささやき実花ちゃんの伝説を作ってゆく。
「花菱町二丁目に行ってみなさい。運が良ければ月虹と言うホストが紹介してくれる、すごい「あげまん」の女に逢えるから。名前は、実花ちゃんというんだ。器量は悪いが情のある女だよ……」
いつしか、実花ちゃんの付いた優しい嘘は本当になった。
*****
涼介は傍で見ていて、気が付いたことがある。
元々女を食い物にする輩は、女好きでどうしようもないか、打算か暴力で押さえつけると相場は決まっているが、月虹は違っていた。
傷ついた女を癒やすためなら、誰を敵にしようと、どんな嘘でも平気でつく。まるでどこかの国の処女のお姫さまに接するように、月虹は自分の女達に恭しく慇懃に仕えて奉仕した。
「ねぇ、兄貴。言っちゃあれだけど、兄貴には雪ちゃんや実花ちゃんよりももっとボンキュッボンの綺麗な女が似合うんじゃないすかね。……他の奴等なんて、不器量な女なんてやり捨てだって、ひどい事言ってるやつもいるし。何であんなボンレスな女を連れてるんだろう、月虹さんってブス専なのかって……言われてます。」
「酷い言われようだな。おかしいか?だがなぁ、考えてみろよ、涼介。おれはヒモだぜ?食わして貰ってるのは、こっちの方だろ。ミスコンの優勝者よりも、おれには実花ちゃんの方が十倍別嬪に見えるんだ。涼介も覚えておきな。貰った情ってのは忘れちまったら、人でなしになる。それにな、どんな女だって朝から晩までずっとお前が一番いい女だって言い続けて見ろよ。本当に、いい女になるから。」
「そんなもんすかねぇ。でも、おれには、そんな女いないしな~」
そういう涼介はどこかさびしげで、おしぼりを作って月虹の使用済みの下肢を拭いながらも余所余所しい気がする。何を隠しているんだろうと、内心月虹は含んだが根掘り葉掘り聞くのはやめた。
勃ちあがって腹を打つ形の良い茎にそっと触れる、ガーゼのおしぼりの動きに涼介の思いが込められていた。ゆっくりと触れた指が、容をなぞるように動いていた。
「おめぇ、後始末上手くなったじゃねぇか。」
声を掛けられて、涼介はすん…と、鼻を鳴らした。
女心の機微にはめっぽう強い月虹だったが、男心にはまだ甘い。
本日もお読みいただき、ありがとうございます。
悲しい男女を励ます優しい嘘、そういう嘘は白い嘘というのです。
涼介の秘めた思いはいつか届くのでしょうか。
(´・ω・`) 涼介 「兄貴の鈍感……」
(`・ω・´)月虹 「……ん?何か言ったか?」
(´・ω・`) 涼介 「なんでもないっす……」