夜の虹 11
六郎のシャツの背中を掴んだまま、中々言葉も発せない。
子供のような仕草に思わず六郎が「おい、涼介。一緒に詫びを入れてやろうか。」と笑いを堪えた。
「兄貴……」
その場にぺたりと這いつくばって額をこすりつけ、涼介は蚊の羽音のようなか細い声を絞り出した。
「……迷惑かけてすみませんでした。謝って済むことじゃないと思いますが……詫び代わりに、エンコ(指)詰めさせてもらいます。」
「そうか。涼介がそうしたいんなら好きにすればいい。新しい匕首と晒しは親父の寝台の引き出しに入っている。親父に言って出して貰え。」
「……はい。」
冷たく言い放った月虹を見上げた瞳が、うるうると泳いだ。
許されないことをしたと思った。
もう二度と、傍に寄らせてもらえない、それだけのことをしたのだと悟った。よろよろと涼介は立ちあがった。六郎は言葉無く、一つ頭を下げるとそっと席を外した。
「兄貴に怪我させた……けじめ……つけてきます。それで、おやっさんに話して、組も抜けさせて貰います。」
「おう。達者でな。」
「……長い間、お世話になり……ました……」
深々と涼介は頭を下げた。
ぱたぱたと涙が滴り落ちた。そのまま頭も上げられない。
肩が震えていた。
「……ったく。お前ってやつは冗談も通じないのか。つまらねぇやつだな。話をしたら、兄弟喧嘩くらいでエンコ詰めてどうするんだって、おやっさん笑ってたぞ。大体なぁ、スケコマシが女と指切りできなくなってどうするんだ。そこは大事だろうが。」
驚いたように涼介が目を瞠る。
「兄貴……おれのこと、許してくれるんですか?つか、たぶん……おれはスケコマシには向いてないっす……」
「だから、みんな冗談だって言ってるだろうが。」
「え……?だって……おれ……とんでもないことやらかしたのに。」
「今回の事は許すも何も、鈍感すぎるおれが一番悪いって雪が言ってたぞ。お前に応えてやらないおれが一番悪いってさ。散々一緒に居るのにちゃんと相手してやらないなんて、おれも、つくづく馬鹿野郎だったよなぁ。悪かったな、涼介。おれへの気持ちは麻疹みたいなもんで、いつか目が覚めると思っていたんだよ。お前は、本気だったんだな。」
「……うっ……うっ……えっ~……ん……」
涼介の嗚咽は止まらなかった。決して、口に出せない届かぬ思いだと思っていた。
月虹の優しい口調に涙線が、決壊する。
「す……みません。すみません……兄貴。おれ、気持ちだけ先走って……。半人前のおれのこと、ちゃんと考えてもらおうなんて……思ってもみなかったです。でも、花菱のママが、当たり前みたいに兄貴の事誘うの見てたら、頭に血が登っちまって……おれ……おれの方がずっと前から……って……」
「そうか。確かにおれとお前は長い付き合いだったよな。」
「……はい。」
「もういい、忘れろ。背中の薄皮が一枚破れただけだ。」
「はい。」
「それよりな、おれの恋人がどうのと言ってただろう?覚えてるか?」
「……はい。」
「今も知りたいか?」
涼介は、こくりと頷いた。
「知りたいっす……兄貴の心の中に住んでる人の事……教えてください。」
「話してやるよ。」
本日もお読みいただき、ありがとうございます。(*⌒▽⌒*)♪
無事に帰ってきた涼介です。
(つд⊂) 涼介 「……兄貴。すみませんでした……」
月虹の心の中には、いったいどんな人が住んでいるのか……悲しい過去のお話しへと続きます。