夜の虹 15
肩を並べて歩きながら、ふと清介は滑空する燕が雛に餌を運ぶのに目を止めた。
すねたまま無言の月虹に、指して教えた。
「ほら。あれが月虹だよ。巣の中に居て、口を開けて待ってるのが月虹の恋人たち。ぼくも、その一人。」
「清介も燕の雛なのか?」
「うん、そうだよ。ああしてね、月虹が来るのをひたすら待ってるの。あ、やっと来てくれたと思ったら、隣の雛に餌を取られたりしてね。あの雛は、ずっと……ひたすら親を待っててね、それで餌を貰えなかった身体の小さな雛は、自然淘汰されてしまって死んじゃうんだよ、月虹。寂しいね。」
「野生って、そういうことなんじゃないのか。」
「うん、そうかもしれない。でも……ずっと待っているのに何も与えられないで死んじゃうって……可哀想だなって思うよ。一緒に居るのに一人って、自覚しちゃうと辛いもん……」
あえかに微笑む清介に、月虹は不吉な物を感じた。気が付けば影が儚げに薄い気がする。
「清介。おまえは燕の雛じゃない。言いたいことがあるなら言え。」
「……キスして、月虹。」
返事と別れの言葉の代わりに、清介は初めて自分から求めて深いキスをした。懐の中で恋人を見上げたまなざしが揺れる。
「誰よりも愛してるよ、月虹。待ってるだけって辛いから……またね。ぼくのこと、たまには思い出してね。いつかお互いが、大人になったら会おうね。」
「清介!」
「大好きだよ、月虹。」
手を振って、清介は笑って去った。透き通るような寂しい別れの笑顔が、今も月虹の胸に焼き付いている。
そして、それきり月虹は初めて愛おしいと思った相手に今生で会えなくなった。
別れた清介は、歩道橋で眩暈がして足を踏み外した妊婦を庇って、自分が落ちた。
バランスを崩しながらも乳母車を母親に押しやって、乗った小さな子供も無事だったが、清介は階段を頭から転がり落ちた。
知らせを受けて病院に走った月虹は、包帯だらけの清介の最期に間に合った。
「なんで……!?何でこんなことになってるんだよ!清介!清介っ!しっかりしろよ!」
「……月……こ……」
月虹の声を聴いた清介は、微かに反応し腕を伸ばそうとしたが、その手はもう二度と愛する男の頭を抱くことはなかった。力なくぽとりと落ちた指を抱きしめて、さっき別れたばかりじゃないかと、月虹は泣いた。
「清介……逝くなよ……。どこ捜してもいないなんて、あんまりじゃないか……いつか会えるって思うから、別れるのだって……我慢できたのに……」
清介を失って初めて、月虹は自分がどれだけ清介が好きだったか、気が付いたのだった。
月虹は慟哭した。
「清介……言えよ……言いたいこと、ちゃんと言わないと……わかんないだろ……?おれを一人にするなーっ!!清介……っ!」
見上げた空を裂いて、燕が低く滑空してゆく。
自分を月虹が来るのを待っている燕の雛のようだと言った清介。大人になったら会うと約束したくせに……どこにもいなくなってしまった。
燕の軌跡が涙で滲んだ。
月虹は目指す相手を永遠に見失ってしまった。
振り向けば、はにかんで微笑んでいた大切な恋人は、もういない。
本日もお読みいただきありがとうございます。
(つд・`。)・゚+「清介……こんなことって……」
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