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優しい封印 6 

薄い性の知識しかなかったが、中学三年生の涼介には男が求に何をしているかわかっていた。耐えきれずに細い悲鳴をあげた求が心配で堪らず、涼介は必死に身体を捩って、静かになった求の傍に行こうとした。

薄暗がりの中で男に組み敷かれ、暴行を受けた時、求は涼介を見つめていた。必死に頭を振り来ては駄目だと視線で語る。
廊下の明かりが点いたせいで、濡れた頬と苦痛にゆがんだ求の顔が浮かんだ。

男が求を離して風呂場へ行った後、芋虫のように身動きのできない身体で涼介は少しずついざった。転がされた台所から、何とか求の居る居間の入り口まで移動してきた。肩口にこすり付けて、突っ込まれた布を吐き出すのに成功した。

「お、お父さん、大丈夫?」

「涼介君は……?怪我はないか?」

「だいじょぶ……驚いただけ。」

「そうか。良かった……」

震える指を伸ばして、やっと涼介の頬に触れた求は、じっと涼介を見つめた。

「いいかい?ぼくは動けないから、そのまま背中を向けて、……解くからね。」

涼介は求の手の届く所まで、必死に身体を回した。手だけが自由になると、大急ぎでズボンを引き上げた。動けないと言う求の身体が心配だった。
男の気配がないのを確かめて、身体を起こす。

「……ひっ……!」

立ち上がり、求を引き起こそうとして思わず口を押えた。押さえなければ高い悲鳴が零れそうだった。
新しい涙が堰を切って溢れる。
求の下肢は、ひどい乱暴を受けてしとどに血を流し、赤く染まっていた。

「お父さんっ……血がいっぱい出てる。あいつが来ないうちに早く、逃げよう……?そうだ、警察……」

「いいかい、涼介君。よく聞いて。涼介君は今すぐ一人で、この家を出るんだ、いいね?」

必死に語る求の言葉に、頷くしかなかった。

「そこにあいつの財布がある。あれを持って、とにかく家を出るんだ。お母さんにも電話をして、しばらく家に帰ってこないようにと言ってくれ。」

「……お父さんは……?お父さんはどうなるの?あいつはお父さんの何?」

「詳しいことは後だ。早く、急いで……涼介君に何かあったら、ぼくはお母さんに一生顔向けできない。あいつは……凶暴な性格破綻者だよ。詳しいことは言う暇がないけど、急いで逃げて。ぼくはね……自分が人並みに家族を持てるなんて思ってもみなかった。短い間だったけど、本当に毎日が夢のように楽しかった。これまで生きてきた中で、一番幸せな時間だった。」

風呂場の方でシャワーの水音が止まった。

「早く!涼介君!携帯はぼくの分も持って行ってくれ。あいつに、情報を与えたくない。君も絶対捕まっちゃ駄目だ。」

涼介のズボンのポケットに、品の無い分厚い財布を捩じ込んで急かした。涼介はそのあたりにあったスエットの上着だけを羽織った。

「いいね。表通りに出たらすぐにタクシーを拾って、駅まで走って行くんだよ。とにかく、少しでも早くここから離れて。きっと、涼介君がいないのに気がついたら後を追うはずだから……」

「わかった。きっと、助けに来るから……待ってて。絶対、助けるから。又、三人で暮らそう、お父さん……」

求は青ざめた顔のまま、何度も肯いた。薄く笑うと目が細まって、つっと溜まった涙が零れた。

「何も父親らしいこと出来なかったのに……お父さんって呼んでくれて、ありがとう……涼介君。忘れないよ……」

それから涼介は、求の言葉通りの行動をとった。
必死に走り、表通りでタクシーを拾った。タクシーの運転手は訝しそうな顔を向けたが、不景気なご時世、どんな客でもありがたいと思ったのだろう。淡々とどちらまでと聞いただけだった。涼介は車内で震える手で財布を開け、見たこともない分厚い札束に驚く。

電車のホームに居ても、ぽんと背後からあの大きな男が背中を叩くのではないかと怯えた。
塾の鞄に、そのあたりの物だけを詰め込んだ涼介は、終点で降りると人の流れに押されるようにして、いつしか見知らぬ繁華街を歩いていた。
顔は殴られて腫れ、シャツのボタンは飛び、羽織ったスエットは肩から半分脱げかけている。
涼介の姿は悪目立ちし、周囲の目を引いた。




本日もお読みいただきありがとうございます。

お父さんと呼んだ求を残し、必死に逃げた涼介……(´;ω;`) いつか、きっと……
その日が来るといいね。 此花咲耶


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