優しい封印 7
不安に押しつぶされそうな涼介が、当てもなく繁華街を彷徨している頃、男は間島求の髪を掴み頬を張っていた。
唇の端が切れて、青ざめた顎に鮮血がしたたった。
「お前、ガキを逃がしたのか?余計な事しやがって。」
「……あの子には関係ない……もう、ぼくにも用はないはずだ。ここから出て行ってくれ。」
「5年ぶりにやっと再会したお兄ちゃんに向かって、その口のきき方はなんだ?あ~ん?ちゃんといい子になるように躾をしていたはずだがな。ちょっとムショに行ってる間に、元の小生意気な奴に戻っちまったか?めんどくせぇな。」
ブル……っと、求は思わず戦慄した。封印していた数年前のおぞましい過去が、一気にフラッシュバックして求を襲った。目を見開いた求が発した叫びを、酷薄な笑みを浮かべた男の武骨な手のひらが抑え込む。
こんなことは初めてではなかった。
「……ああーーーーーーっ……!!」
「行くぞ、求。ままごとは終わりだ。」
「いや……だ。いやだ。義兄さん……いやだぁ……助けて……」
その時、求が漏らした声は、大人の物ではなかった。
「どうした?思い出したのか?」
加虐に怯えた瞳が、男と暮らした頃の昏い光を宿したのに気付いて、男はほくそ笑んだ。
無造作にタオルケットを被せ、男は荷物のように素っ裸の間島求を抱え上げた。
涼介が短い間父と呼んだ間島求が、ささやかな幸せに浸ったこの部屋に戻ることは二度とない。
乗って来た黒い外車は、男と求を乗せて闇に走り去った。
*****
真っ青な顔で大通りを歩く涼介を見つけたのは、髪を金色に染めた二人組だった。
「おい。あれ、見ろよ。良いカモじゃねえ?」
「カモっていうより、ありゃひよこだな。中坊くらいか?あまり沢山は持ってないだろ?」
「なんだ、ありゃ。派手な面してんな~。」
求の持たせた義兄の分厚い財布が、まるで甘い蜂蜜のように害虫を引き寄せたのかもしれない。焦点の合わない虚ろな目をした涼介が、ふらふらと細い路地に入ってゆくのをほくそ笑んでみていた。
路地裏のビールケースが積みあげられた場所で行き止まり、涼介はふと我に返った。
「そうだ……お母さんに、電話しなきゃ。」
鞄の中を探り携帯電話を探すうち、財布を落とし札束がばさりと覗いた。拾おうとした手元に汚れたズックが見えた。
「おぅ~。結構入ってんじゃん。」
「あ……の?」
「おれ達さ、今ちょっとお金に困ってるの。その金を貸してくれたら、すごく助かるんだけど。」
「これは、おれのものじゃないから。それに、今日どこかに泊まらなきゃいけないから……」
急いで財布を拾い、逃げ出そうとした涼介の行く手を片割れが阻む。
「子供がそんな大金持ってちゃだめでしょ~?大体、こんな路地裏に入り込むこと自体、盗ってくれっていうようなもんじゃん。」
「そうだよ。気を付けないと、都会には怖い人がいっぱいいるんだからね~。」
「離せよっ!今すぐ電話しなきゃならないんだから。大事な用があるんだよ!」
血相を変えて鞄を取られまいとした涼介だったが、相手は背も高く容易く奪われてしまった。
「今時、こんなガラケー持ってるんだ。こんなに金有るんだから、さっさと機種変すりゃいいのに。おっと~。」
男は涼介の生命線の携帯電話をわざと落とすと、かかとで踏みつけた。ぐしゃと潰れて鈍い金属音がする。
「駄目だ!そっちは……お父さんの携帯っ!返せっ!」
「タレこまれちゃ迷惑だしな~。俺等、まだ監察中なんだわ。ごめんね~。」
足元で粉々になる二台の携帯電話を、涼介は呆然自失となり見つめていた。奪われてゆく金よりも、父と二度と会えなくなる気がして、涼介はその場にぺたりとへたり込んだ。男たちが肩を抱いて、涼介の顔を覗き込む。
「全部盗ったりしないからさ。元気出して、これで美味い物でも食えよ。」
「家出なんかやめて、さっさと帰りなって。な?
「お父さん……お父さんが……うあっ~~~っ……」
涼介は壊れてしまった携帯の側にはい寄ると、その場に突っ伏してとうとう声を上げて泣いた。胸に迫った哀しみが一気に溶解して、溢れだした。
「おい……。こいつ、ショックでどうかしちまったんじゃないか?」
「面倒なことになると厄介だ。行くぞ。」
男たちはその場で蹲ったまま肩を震わせる涼介の財布から、殆どの金を奪って逃げだした。携帯を壊されて、もう母に連絡を取ることもできない。
世界の果てに置いてきぼりにされた迷子のような心細さを抱いて、涼介はその場でひとしきり泣いた。警察には駆け込もうと思わなかった。
あの恐ろしい男には、きっとそんな正義が通用しないと本能が告げる。自分を逃がした後、求はどうなっただろう。財布を盗まれたと知って、求がどれほどの目に遭ったかと思うと身体が震え歯が走った。
最悪の事しか思い浮かばなかった。
それに、求は男を兄さんと呼んでいた。
「お父さん……お母さん……」
無力な子供は天を仰いだ。
本日もお読みいただきありがとうございます。
可哀想に……(´・ω・`) ←書いといて。
唇の端が切れて、青ざめた顎に鮮血がしたたった。
「お前、ガキを逃がしたのか?余計な事しやがって。」
「……あの子には関係ない……もう、ぼくにも用はないはずだ。ここから出て行ってくれ。」
「5年ぶりにやっと再会したお兄ちゃんに向かって、その口のきき方はなんだ?あ~ん?ちゃんといい子になるように躾をしていたはずだがな。ちょっとムショに行ってる間に、元の小生意気な奴に戻っちまったか?めんどくせぇな。」
ブル……っと、求は思わず戦慄した。封印していた数年前のおぞましい過去が、一気にフラッシュバックして求を襲った。目を見開いた求が発した叫びを、酷薄な笑みを浮かべた男の武骨な手のひらが抑え込む。
こんなことは初めてではなかった。
「……ああーーーーーーっ……!!」
「行くぞ、求。ままごとは終わりだ。」
「いや……だ。いやだ。義兄さん……いやだぁ……助けて……」
その時、求が漏らした声は、大人の物ではなかった。
「どうした?思い出したのか?」
加虐に怯えた瞳が、男と暮らした頃の昏い光を宿したのに気付いて、男はほくそ笑んだ。
無造作にタオルケットを被せ、男は荷物のように素っ裸の間島求を抱え上げた。
涼介が短い間父と呼んだ間島求が、ささやかな幸せに浸ったこの部屋に戻ることは二度とない。
乗って来た黒い外車は、男と求を乗せて闇に走り去った。
*****
真っ青な顔で大通りを歩く涼介を見つけたのは、髪を金色に染めた二人組だった。
「おい。あれ、見ろよ。良いカモじゃねえ?」
「カモっていうより、ありゃひよこだな。中坊くらいか?あまり沢山は持ってないだろ?」
「なんだ、ありゃ。派手な面してんな~。」
求の持たせた義兄の分厚い財布が、まるで甘い蜂蜜のように害虫を引き寄せたのかもしれない。焦点の合わない虚ろな目をした涼介が、ふらふらと細い路地に入ってゆくのをほくそ笑んでみていた。
路地裏のビールケースが積みあげられた場所で行き止まり、涼介はふと我に返った。
「そうだ……お母さんに、電話しなきゃ。」
鞄の中を探り携帯電話を探すうち、財布を落とし札束がばさりと覗いた。拾おうとした手元に汚れたズックが見えた。
「おぅ~。結構入ってんじゃん。」
「あ……の?」
「おれ達さ、今ちょっとお金に困ってるの。その金を貸してくれたら、すごく助かるんだけど。」
「これは、おれのものじゃないから。それに、今日どこかに泊まらなきゃいけないから……」
急いで財布を拾い、逃げ出そうとした涼介の行く手を片割れが阻む。
「子供がそんな大金持ってちゃだめでしょ~?大体、こんな路地裏に入り込むこと自体、盗ってくれっていうようなもんじゃん。」
「そうだよ。気を付けないと、都会には怖い人がいっぱいいるんだからね~。」
「離せよっ!今すぐ電話しなきゃならないんだから。大事な用があるんだよ!」
血相を変えて鞄を取られまいとした涼介だったが、相手は背も高く容易く奪われてしまった。
「今時、こんなガラケー持ってるんだ。こんなに金有るんだから、さっさと機種変すりゃいいのに。おっと~。」
男は涼介の生命線の携帯電話をわざと落とすと、かかとで踏みつけた。ぐしゃと潰れて鈍い金属音がする。
「駄目だ!そっちは……お父さんの携帯っ!返せっ!」
「タレこまれちゃ迷惑だしな~。俺等、まだ監察中なんだわ。ごめんね~。」
足元で粉々になる二台の携帯電話を、涼介は呆然自失となり見つめていた。奪われてゆく金よりも、父と二度と会えなくなる気がして、涼介はその場にぺたりとへたり込んだ。男たちが肩を抱いて、涼介の顔を覗き込む。
「全部盗ったりしないからさ。元気出して、これで美味い物でも食えよ。」
「家出なんかやめて、さっさと帰りなって。な?
「お父さん……お父さんが……うあっ~~~っ……」
涼介は壊れてしまった携帯の側にはい寄ると、その場に突っ伏してとうとう声を上げて泣いた。胸に迫った哀しみが一気に溶解して、溢れだした。
「おい……。こいつ、ショックでどうかしちまったんじゃないか?」
「面倒なことになると厄介だ。行くぞ。」
男たちはその場で蹲ったまま肩を震わせる涼介の財布から、殆どの金を奪って逃げだした。携帯を壊されて、もう母に連絡を取ることもできない。
世界の果てに置いてきぼりにされた迷子のような心細さを抱いて、涼介はその場でひとしきり泣いた。警察には駆け込もうと思わなかった。
あの恐ろしい男には、きっとそんな正義が通用しないと本能が告げる。自分を逃がした後、求はどうなっただろう。財布を盗まれたと知って、求がどれほどの目に遭ったかと思うと身体が震え歯が走った。
最悪の事しか思い浮かばなかった。
それに、求は男を兄さんと呼んでいた。
「お父さん……お母さん……」
無力な子供は天を仰いだ。
本日もお読みいただきありがとうございます。
可哀想に……(´・ω・`) ←書いといて。
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