ずっと君を待っていた・12
「もう一度、肩までちゃんと入りなさい。。」
御当主が優しい声でそういうから。
思わぬ、いい人みたいじゃん・・・?
散々心配して、どこか損した気分だった。
「後で、飯でも食いながら、ゆっくり話をしよう。」
薄く微笑んで、若いご当主は風呂場から立ち去った。
水も滴るいい男ですね・・・なんて、冗談は言いません、さすがにね。
外で、何やらさっきの女の人たちが、御当主の濡れた姿に驚いているのが聞こえる。
「緋色さま。・・あれ、お召し物がぐっしょりと。」
「一体、湯殿で何をなさったのです。」
「まあ、大変。お早くお召し替えせねば、お風邪を召します。」
ふ~ん・・・ヒイロって言う名前なんだ。
海鎚緋色(みづちひいろ)・・・かな?
何故だか、頭の中でふわりとそんな漢字が揺らめいた。
聞いたわけでもないのに、変なの。
-----------------------------------------------------------------------------------------------
風呂上りに、渋々ずるずるの着物を着せてもらって、ぼくは恥ずかしながら青ちゃんと親父達と対面した。
お袋がまじまじと眺めて、言った。
「あら・・・意外に似合うじゃない。」
まじ、適当な発言に脱力した。
似合うわけないだろ・・・こんな短髪に。
子どもがぐれるときって、こういう時なんだと思う。
仮装行列じゃあるまいし、こんなの本気で嫌なんだからなっ!
何でも着せてくれた人たちが「神楽の格好に慣れて居ないと、形にならないから、ご不自由でしょうけど我慢してね。」とか
言ってたけど・・・
着せ方が上手いのかな、ずいぶんと楽だよ。
思ったよりね。
晩飯は山海の珍味と言うのかな。
盛りだくさんの料理が並んでいたけど、ぼくは肉が食いたい・・・って思ったけど、まさか口にはしない。
どうせ、一日で終わるはずだから辛抱することにした。
ぼくの我慢で、あちこち円満ならそれでいいよ。
何て、殊勝な息子だろう。
文句も言わないで、おいしく食事もいただきます。。
思わぬ地味な食事は、野菜も魚も驚くほど美味かった。
ただ、この着物・・・香のせいだろうか。
時折、立ち昇る匂いに、頭がぼうっとする・・・
ぼ・・・くの指、こんなに長くて白かったっけ・・・?
里芋の煮っ転がしだか、田楽が、箸から落ちてころころと畳の上を転がった。
足の付いた、膳が霞む。
「青ちゃん・・・。おかしいよ、物が二重に見える・・・」
「クシちゃん。」
「ぼ・・く・・・」
・・・なんか、変。
なんか・・・なんか、違う声がすぐ側で聞こえる・・・
「誰?」
その問いに「ぼく」が、きっぱりと答えた。
「父上さま、母上さま。お久しゅうございます。」
「・・・・は、ずっとお会いしとうございました。」
深々と頭を下げるぼくに、両親がかきついた。
今、誰って言った・・・?
何だ、これ?
そして信じられないことに、ぼくは流れる涙を長い袖口でそっと優雅にたおやかに拭った。
「こうしてお会いできるなんて、夢のようでございます・・・」
うわぁーー、こ、小指が立ってるーー!!・・・最悪。
目が、霞む・・・ぼくの目の前に居るのは、白髪を束ねて箒(ほうき)を持つ、雛人形の高砂という夫婦みたいだ。
二重写しになっているような、妙な感じ・・・がする。
どこか見覚えのある感じ。
「昔は話もできたけど、いつしかひぃくんとも疎遠になってしまって・・・。」
「この子は、本当に呑気な質でね。」
「それが、生きるということなのでしょうけど。ひぃくんが何も知らないのが不憫でもどかしくて、何とかして早く教えてあげたかったのだけれど。」
自分で聞いて、自分で答える、新しいボケツッコミみたいな・・・?
その場が気になって、手放したくはないのに、意識が遠のいてゆく。
・・・と言うか、誰かと交代して、元のぼくの人格の方が、意識の底へと沈んでいくようだった。
落ちる・・・・
落ちるよ・・・
誰か、助けて・・・
-------------------------------------------------------------------------------------------------
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
拍手もポチもありがとうございます。日々の、励みになってます。
昨日の記事から、少し長めに作品を上げています。
短いほうが読みやすくていいかな~と思ったり、少しは進む方がいいかな~と思ったり、試行錯誤しております。
にほんブログ村
にほんブログ村
- 関連記事
-
- ずっと君を待っていた・19 (2010/11/08)
- ずっと君を待っていた・18 (2010/11/07)
- ずっと君を待っていた・17 (2010/11/06)
- ずっと君を待っていた・16 (2010/11/05)
- ずっと君を待っていた・15 (2010/11/04)
- ずっと君を待っていた・14 (2010/11/03)
- ずっと君を待っていた・13 (2010/11/02)
- ずっと君を待っていた・12 (2010/11/01)
- ずっと君を待っていた・11 (2010/10/31)
- ずっと君を待っていた・10 (2010/10/30)
- ずっと 君を待っていた・9 (2010/10/29)
- ずっと 君を待っていた・8 (2010/10/28)
- ずっと 君を待っていた・7 (2010/10/27)
- ずっと 君を待っていた・6 (2010/10/26)
- ずっと 君を待っていた・5 (2010/10/25)