続・はつこい 如月奏の憂鬱・18【最終話】
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懷かしい友人たちに別れを告げ、来た時と同じように奏達は、故国に向かう大きな蒸気船に乗り込んだ。
「さようなら・・・。」
「さようなら、Katie(ケイティ)――!」
必死にハンケチを振る奏は、片羽の少女に小さな小鳥のキスを送り、目を潤ませて乗船した。
思いがけず甲板まで見送りに来た友人知人の多さに、留学生たちは目を丸くしている。
その中には、赤毛のウイリアムも居て奏は紳士的に対応した。
「君のことは生涯忘れない。美貌の奏、国に帰っても元気で。」
「ええ、あなたはとてもいい友人でしたよ、ウイリアム。あ、そうだ・・・これをお別れに差し上げます。」
奏は多くの写真の中から、自分一人が写ったものを一枚ウイリアムに渡した。
「あなたのおかげで、たくさんの宝物をいただきました。ありがとう。」
「あぁ、奏・・・!」
とうとう、赤毛の男は感激のあまり、傍目も気にせず声を上げて泣き出してしまった。
すっぽりと腕の中に奏を捕えて、抱きしめて放さない。
颯と白雪は、再びウイリアムが金的を食らい、甲板に沈むだろうと心配した。
だが、驚いたことに奏は信じられない忍耐と寛大さを持って、ウイリアムに抱擁を許した。
「放れがたいよ。君とはいろいろあったけれど・・・。」
「そうですね。楽しい日々でした。ありがとう、ウイリアム。」
乗船を促す汽笛に背を押され、ウイリアムは名残惜しそうに下船していった。
白い波頭を分けるようにして、船は故国に向けて出港した。
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多くの留学生がそうであるように、帰国した彼らはすぐさま実務で政府に貢献することになる。
奏も初の国営銀行総裁と何度も話をし、安定した金融制度を作るべく、持ち帰ったたくさんの資料の翻訳さえも自分でこなした。
「奏さまは、働きすぎです。」
止める白雪の手を振り切って、自社を株式会社にしようと試み、全国に広がる鉄道網を、今以上に拡充するべく奮闘していた奏だった。
しかし、順風満帆な業績の伸びのその裏で、病魔は静かに確実に忍び寄る。
やがて仕事に忙殺される中、奏は父と同じ病を得、おびただしい吐血をした。
独逸帰りの清輝が勤務する、結核療養所に運び込まれた奏は案外平静だった。
「留学先で麻疹にかかったとき、きちんと養生しなかったのがいけなかったのだろうか。」
「う~ん・・・それもあるだろうが・・・」
清輝の見立てではおそらく奏は長年の保菌者で、病後、著しく抵抗力が落ちたせいで発病したのだろうということだった。
重い麻疹は、肺や気道を傷めるのだ。
時折、胸が苦しいことは無かったのかと聞かれ、そういえば・・・と言いかけて、控える白雪の顔が真っ青なのを認め、言葉を呑み込んだ。
白雪は、主人の健康管理もできないのは、自分のせいだとひどく責めていた。
他の伝染性のある細菌と比較しても、結核はその菌の繁殖が遅いと知られている。
突然の喀血に皆一様に驚くが、実際はゆっくりと病は進行し、何年もかけて体内で巣食った病変が広がるのだ。
奏の父も、発症してから養生に努め、数年も長らえた。
元々、貧血気味で色の白い奏は、自分のことに無頓着過ぎる余り、「死病」に気が付くのが遅れてしまったのだろうと清輝は眉根をひそめた。
「こんなになるまで、気が付かないなんて・・・」
「周囲も、怠慢だったな。」
白雪はその場に突っ伏してしまった。
「わ、わたくしの・・・せいですっ・・・お許しください、奏さま。」
「白雪・・・。」
さめざめと白雪は悲嘆にくれた。
見舞いに来た颯と清輝の会話を聞き、お前のせいじゃないと言っても、忠義な白雪はこぶしを握り締めずっと自分を責めていた。
その後、奏が止めても全ての仕事を休み、ひたすら献身的に付き従う姿があった。
思いがけず長い休暇をもらった病床の奏は、熱でだるい身体を持て余して、浅い息をつく。
白雪が世も無く悲しみに沈むのを見て、異国の娘に何も異常は無かっただろうかと問うのもはばかられた。
今の奏の心配事は、抱いて育てた娘に胸の病がうつっていないかどうか知るすべがないことだ。
医者の指摘した全身の倦怠感などは、実は留学以前から覚えがあった。
夕刻に出る微熱も、ひどい寝汗も、少しずつ酷くなる胸痛もずっと疲労のせいと思い込んでいた。
身体を二つに折り曲げてひどく咳き込む時、吐いた痰に血が混じり、やっと父と同じ肺病だと自覚したのだ。
帰国してからの数年、昼夜を問わず働いた結果がこれなのかと、鏡に映る目の下の酷い隈にため息がでる・・・
「白雪、そこの写真を・・・取ってくれないか。」
すぐ脇にある、小机の上の写真も取り上げるのに、骨が折れた。
異国の小さな少女が、仔猫と戯れる写真はつい最近英国から届いたものだ。
『親愛なる、わたしのおとうさまへ』
写真の裏に書き込まれた、覚えたばかりのたどたどしい文字は、奏を父と書いてあり密かに有頂天にさせた。
添えられた里親からの手紙は、異国から届く教育費への感謝と、血のつながらない娘の近況だった。
「あなたに頂いた、サイズの大きなドレスを引っ張り出して着ています。側にいる猫は、彼女が湖沼で鳴いていたのを拾ってきました。
kanaと、snowいう名前です。
あなたと共に写った写真は、彼女の一番の宝物です。
時間の許す限り、いつもながめています。
天使の絵本が大好きな彼女は、自分があなたの側に使わされたこどもだと、本気で信じています。
彼女はとても良い子で、あなたにいつか会えるのを楽しみにしています。」
奏は、届かぬ柔らかいキスを、何度も写真に送った。
「白・・・雪。これを彼女の誕生日に送ってくれ・・・」
奏は未来の分まで何枚も書かれた中から、一枚のカードを渡そうとして床に落としてしまった。
「すまない・・・白雪。僕がおまえに側にいてくれと言ったのに、約束を破ることになる・・・」
白雪は、こどもの頃の約束の反故を詫びる主人に、違和感を抱いた。
「何を、おっしゃってるんです。ぼくは、生涯あなたの小姓です。」
「だれが何とおっしゃっても、これからもずっと白雪は、奏さまのお側で働きます。」
「・・・お誓いしたんですから!」
白雪の頬を、ぱたぱたと涙がこぼれて止まらない。
奏はふっと、息をついた。
「僕は、子供のころから随分わがままで・・・おまえには苦労をかけたね。今になってやっと、愚かな自分を知った気がするよ。」
白雪は、ぐいと涙をぬぐった。
「奏さまは・・・その上、癇癪もちで凶暴でした。」
「・・・うん。白雪に怪我をさせて、颯にもずいぶん叱られた。」
奏は、素直に微笑んだ。
白雪はその背で何度、奏の嵐のような苛立ちを受け止めてくれたことだろう・・・
「華桜陰高校で出会った頃、清輝さまなど奏さまのことを裏ではこっそり、象牙細工の猪だと呼んでいらっしゃいましたよ。」
「象牙の猪ねぇ・・・知らないあだ名が、まだあったのか・・・」
「白雪は、お人形のように綺麗な奏さまから、初めてお側でお仕えするようにと言われたときの、うれしさを覚えておりますよ。」
「そ・・・う・・・?」
「ずいぶん前のことのような気がしますけど、最初にお会いした時は安本亀八の生き人形かと思いました。」
奏は気だるそうに、頭を倒した。
「・・う・・・ん・・・。」
「そうだ、熱が引いたら、清輝様に文句を言いに行きましょう・・・」
「奏さま?」
返事の代わりに、深い寝息が聞こえる。
「奏さま、お休みになられたんですか・・・?」
他愛もない話をしながら、奏は眠ってしまったようだ。
上下に小さく胸が動くのを見て、白雪はそっと静かに部屋を辞した・・・
奏は、幸福な夢を見ていた。
颯が、手招きをする
清輝が笑う
白雪と白菊が並び立つ
誰かの婚礼のようだ
白い繊細なドレスに身をつつんだ、花嫁は蜂蜜色の豊かな巻き毛・・・
懐かしい面差しに、思わずそっと手を伸ばし口許の「しるし」に触れた
「幸せに、おなり。誰よりも。」
「Katie (ケイティ)・・・」
まぎれもなく、幸福な人生だった。
完
■過去作品ですが、BL観潮楼様・夏の企画「恋蛍」は、奏と颯の物語です。
二次小説として、二人は恋人同士の設定です。
もし宜しければ、お読みになってください。ものすごく拙いものですが、R-18…いやR-15くらいです。
ヾ(。`Д´。)ノ彡☆こら~、見栄はるな~!
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本日、アップが遲くなりました。
ごめんなさい。
|ω・`) 白雪:「奏さま…お願いですからお休みになってください。」
(*⌒▽⌒*)(*⌒▽⌒*)←二人で写った写真
(´/ω;`) 奏:「・・・ひ・・くっ・・・」
|ω;`) 「奏さま、また写真をご覧になってる・・・。」
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
明治時代は、取っつきにくい素材だったと思います。
それでも感想を頂けて、本当にうれしかったです。
お読みいただいている方を感じることができて、日々幸せな気持ちになりました。
もう一つ、奏のお話がありますので載せたいと思います。
拍手もポチもありがとうございます。
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