続・はつこい 如月奏の憂鬱・17
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何も欲しいもののない奏は、仕事を生きがいにした後は、定命で朽ちるのだと常々言っていた。
だが、自分自身に執着しない姿勢は、少しずつ変わってきたようだ。
「Katie(ケイティ)さえ嫌じゃなければ、国許に帰ってもずっと支えてやりたいと思います。」
「あの凍える湿地に置き去りにされても、懸命に生きようとしたあの子に必要とされて僕は、生まれて初めてやっと役目を貰った気がしました。」
これまで生きてきて、生きる目的がなかったと語る奏に、白雪はしゅんと洟をすすった。
「別に、神仏に帰依したわけじゃ有りませんけど、以前のように今すぐ死んでも良いと思いません・・・」
砂地のような奏の乾いた心に、異国の赤ん坊が水を撒き、何かが変わった。
「僕でもなく、白雪でもなく、君を変えたのはあの子だったのか?」
残酷な思い人が問うた。
瞠った目が、一瞬で潤んだ。
「あなたは・・・未来永劫、僕が必要だなんて、おっしゃいません。」
縛めのような神に叛く支配から自由になった今も、誰かに必要とされたいと奏の心は飢えで軋んでいた。
その飢えを、どうやって凌げばいいのかさえ奏にはわからなかったのだ。
この地で、初めて答えを得た。
「まだ言葉も話せないあの子は、全身で僕を求めたんです。」
ぽろ…と、頬を滑る真珠の滴に、思わず颯は奏を引き寄せた。
「すまない・・・奏・・・。」
「そうやって、都合のいいときだけ父の声で名前を呼ぶのは卑怯です。」
長い時間をかけて、見つけた一つの答え。
奏は颯の胸にとんと手をつき、そっと離れ艶やかに微笑んだ。
「あなたは、何度生まれ変わっても、大切な友人です。」
奏は一冊の本を取り出した。
「・・・Dear kanade、親愛なる君に?」
「ご覧になってください。子供向けの絵本ですが、そこにすべてが有ります。」
「先日、教授夫人が僕に下さいました。」
颯は座りなおして、絵本をめくった。
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~神さまとの約束~
「行きたいおうちは、きまりましたか?」
下界をながめるこどもに、天使が言いました
「あそこに、お金持ちの夫婦がいる」
「あの夫婦の子供に、生まれるかい?」
「きれいなおうちで、何不自由なく暮らせるよ」
「いいえ」
「では、貧しい夫婦の家に生まれるかい?」
「貧しくても、たくさんの愛をもらえるよ」
「小さな家で、楽しく笑って暮らせるよ」
「いいえ」
「では、君はどこに生まれたいの?」
こどもの指差す彼方には、空を仰ぐ悲しげな老人が一人たたずんでいました。
「あの人は、どうしてあんなに悲しそうなのでしょう」
「身よりも何もなく、たった一人で寂しいからだよ」
「大切な子どもを失って、なげいているのだ」
「あの悲しそうな老人の、お側に生まれたいです」
「老人はなにも持っていないし、すぐに死んでしまうよ」
「長い間、地上に残されて、きみは寂しく一人で過ごさなくてはならないよ」
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顔を上げて、颯が問う。
「これは、君か?」
「まさか。僕ならちゃんとした家を選びます。・・・続きをどうぞ。」
**
「あの悲しそうな老人が、笑ってくれたらどんなにかうれしいでしょう」
天使はにっこりとわらいかけました
「望みは、かなえられた」
たった一人で、寂しく過ごしていた老人のお側に、可愛いこどもの姿がありました
老人はこどもと仲良くしていましたが、すぐに天に召されてしまい、こどもはひとりぼっちになりました
天使はしばらくして、ひとりになってしまった寂しいこどもの所へ、行くことにしました
光につつまれた天使は、もう一度生まれかわって、お金持ちの家にいきなさいとつげました
「生まれた人が、満ち足りて暮らせるのが神さまの願いですよ」
「ぼくは、さびしいおじいさんと暮らせて、しあわせでした」
こどもは、このまま地上に残るとつげました
「悲しそうな人が笑ってくれて、わたしはどんなにかうれしかったことでしょう」
「わたしを次の悲しい人の下へ、おつかわしください」
天使はにっこりとわらいかけました
「望みは、かなえられた」
天使は、大きなつばさを広げてお空に帰る前、おっしゃいました
「これから、多くの人に会うだろう」
「みんな、おまえのことを大好きになるよ」
「それは、地上におりてくる前にきめられたこと」
「ほら。神さまと約束した、証拠がここにある」
天使はこどもの鼻の下に、そっと手を触れました
「だれにも、ひみつだよ」
鼻の下の、小さなくぼみ
「これは、人間が神さまと交わした約束のしるし、神さまの指のあと」
「ずっと、おまえのお側にいるしるし」
「だれよりも、しあわせにおなり」
「kanade」
・・・ぱたり。
・・・と本を閉じた颯に向かって、奏が感想を求めた。
「この絵本の空白には、贈る人が名前を入れるんだそうです。だから婦人が、僕の名前を入れてくださいました。」
「本当に困ったときは、誰かが助けてくれるというのは、僕は経験済みですからね、この絵本を読んで泣けてしまいましたよ。」
濡れた黒い瞳を向けた友人を見つめ、颯はこの地へ強引に誘ったのは間違いではなかったと思った。
「神仏の救いを求めようとは思いませんけど、今は全ての出会いに、天の配剤もあるんじゃないかと思います。悲しいこともありましたけど、同じくらい嬉しいこともありました。」
「そうか。君がそう思うのなら、ぼくもそう思うよ。人生に、無駄なことなどないのだろうね。」
確かに一年間の留学は、官費留学生全てに大きな変革をもたらしていた。
「英国での日々は、君にとって有意義だったということか。明るくなった。」
「ええ。全ての出会いに感謝します。」
お誘いくださって、ありがとうございましたと、奏は頭を下げた。
勉学三昧で一年間送るはずが、思わぬ救いを手に入れて奏の憂鬱な日常は、終わりを告げた。
間近に、帰国が迫っていた。
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前作「約束」をお読みになってくださった方へ。
一気にお読みいただき、本当にありがとうございました。
お読みいただきめっちゃうれしかったです~!(*⌒∇⌒*)♪
|ω・`) 白雪:「奏さま…また、ケイティの写真を見つめてる。」
(*⌒▽⌒*)(*⌒▽⌒*)←二人で写った写真
(´/ω;`) 奏:「・・・ひ・・くっ・・・」
|ω;`) 「奏さま・・・。」
イニシャルの入った絵本は、きっと奏の宝物です。
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