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続・はつこい 如月奏の憂鬱・8 

馬車が、突然傾いて止まった。

*************************

「逃げださないように、そっちの扉を押さえろ!」
「見た目に騙されないように、気をつけろよ。」

騒々しい車外の数名の声に、白雪と奏は顔を見合わせ瞬時に身の危険を理解した。
襲われた・・・と。

奏の予期せぬ来客が一名、馬車の扉をガタとこじ開けて入ってきた。
外でもみ合う声などは聞こえなかったから、どうやら、御者はあっという間に逃げてしまったらしい。
もしくは、金を掴まされた同じ穴の狢であったかと思う。
入ってきた男から目を離さず、奏は白雪をかばった。

「・・・白雪、手出しは無用だ。」
「・・・そういうことだな。大人しくしてもらおう。」

白雪はささやかに抵抗を試みようとして敵わず、あっさりと猿轡を咬まされたうえ手を後に回されてしまって、苦痛に顔を歪めていた。

用意周到に縄を巻きつけられ、後頭部をしたたかに殴られた白雪は、瞬く間に気を失って、まるで荷物のように外に放り出された。
白い雪の上に、荷駄のように白雪がもんどりうって転がったのが見えた。

「あぁっ、白雪に何をするっ!」
「怪我をしたくなければ、そのまま大人しくしろ。」

どこかで聞いたことのある声のような、気がした。
奏は、馬車の隅に追い詰められ、顔色をなくしていた。
一体、この暴漢は何が目的なのだ。
金ならば金と告げればよいものを。

声からすると車内に一名、馬車の外に二名だろうか・・・?
冷静に物取りかどうか分析したが、どうやらそうではないようだった。
乗り込んできた男から金を出せとは言われなかったし、元々調達した馬車もわざわざ古いものを頼んだのだ。
理由はわからないが、狙われたのは確かだった。

「いったい何者だ・・・?」

狭い車内の奥に追い込められて、奏はやっと相手の赤毛に気が付き、いつかの見覚えのある学友だと知る。
ごくり・・・と、生唾を飲み込む相手の喉がなった。

じりじりと、足が少しずつにじり寄る。
奏は、観念したように、近距離で相手をじっと見つめた。

「あなたの望みは、なんです?金・・・ではないようですけど。」

白い息を吐いて、招かれざる客が猛寧な下卑た笑みを浮かべると、望みを告げた。
もっと早くに、奏は男の目論見に気が付くべきだった。

「欲しいものがある。親愛なる留学生殿。」

視線がまとわりついた。

「まずは、上着を取ってもらおう。」
「・・・・上着ですか?」

やっと、相手の欲しいものを理解した。
押し黙ったまま悲しげに目を伏せて、奏はわざとゆっくり男の前で見せつけるように、上等のテーラードの襟に手をかけた。
奏の震える指を見て、男の息が上がる。

「そ、その次も・・・。全ての衣類を脱げ。」

ふと、瞼が熱くなる。
何故、こんな所に来てまで、理不尽な暴力に屈せねばならないのだ。
奏は、自分に向けられる邪な視線を捉え・・・密かに、闘う決心をした。

これは、自分を商品にした「取引」だ。
内心に渦巻く怒りを気取られないように、相手を油断させればこちらに勝機はある。
商品を引き渡す前に、さんざん焦らす自信はあったし、馬車の中に相手が一人ということがかえって好都合だった。
こういった場から、口先ひとつで逃げおおせたのも一度や二度ではない。

取り合えずどんな手を使っても、白雪に文句は言われないことだけは確かだった。
・・・何しろ、気を失って外で転がっているのだから。
奏は、自分の容姿を好きではなかったが、世間にどう評価されているか、その視線の意味合いは知っていた。

白い滑らかな陶器の肌を持つこの麗人は、英吉利で「黒真珠の貴人」だの「美貌のヘルマプロデュトス」だの、「黒髪のアンジョ」というふざけたあだ名で呼ばれた。
ヘルマプロデュトス(両性具有の神)に至っては、男子ですらなく不愉快極まりなかった。
ただ、そんな馬鹿げた社交界の会話にうんざりしながらも、奏は、そう呼ぶ相手に艶然と微笑む位はやってのける。

相手の望みどおり、執着のない肉体を与える事など何ともなかったが、支配されることが我慢ならなかった。
どうせなら少しでも高い買い物をさせてやる・・・口角がほんの少し上がった・・・。

「困ったな。冷えて、指先が凍えてしまいました。」
「いつも小姓の白雪がタイを結ぶので、自分ではほどけない・・・んです。」

奏は、穏やかに囁くように誘うように、その言葉を口にした。

「・・・脱がせていただけますか?」

ほうっと霞む息を指先に吹きかけ、嫣然と笑いかけた。
視線を一度絡めたあとは、恥ずかしそうに頬を染めて、視線はふっと床に落としたままだ。
直も、言葉を継いだ。

「これまでにも、あなたには、失礼なことをしてしまいましたけれど・・・別にあなたを嫌いなわけじゃありません。」
「僕は・・・こういうことに・・・その・・・。経験がないので・・・どうしていいかわからなくて。」

赤毛の大男はいとも簡単に、美しい獲物が手に入ったので上機嫌だった。
近寄ると、奏の細い顎に手をかけた。
唇を割っても、しなやかな獲物はほんの少し身じろいだだけで、逃げようとはしなかった。

「もっと早くこうするべきだった。美しい奏。」

甘い口腔を蹂躙し、長い間むさぼった後赤毛の男は有頂天になった。
この先を考えただけで、甘い至福に目がくらみそうだ。
羨望の目で眺めた高嶺で花咲く美貌の東洋人が、今や自分の腕の中で自分を求めている。
煌めく濡れた黒曜石のような瞳に、今にも溢れそうなほど涙を溜めて、奏は限りなくたおやかに見えた。
これまでの反抗的な態度は、ただ初心であったということなのか。

赤毛の大男は、水辺に片足で立つ純白の水鳥のような、眼前の細い青年のシャツに手を掛けボタンを外してゆく。
・・・やがて、手が止まった。

「これは・・・なんだ・・・?この酷い傷は・・・」

驚くのも無理はない。
奏の腰には、見た目からは想像もつかない深い傷があった。
祖父にえぐられた古傷は、癒えたとはいえ肉が削られ、醜い痕になって残っていた。
肩にも、背中にも、奏の身体には、外からは見えないようにいくつも悪魔の刻印が残されている。
なめらかな肌にそぐわぬ傷の惨さと多さに、男は息を呑んだ。

「なぜ、こんな…?白い肌が台無しじゃないか。」

奏はふっと息を飲み込むと、歩を進め男の手を取った。

「すべて・・・爛れた罪の痕ですよ。僕を手に入れたいなら、僕の犯した罪の数を数えればいい。」

かすれた声で上目遣いに誘う奏を前に、男は引きつった笑いを浮かべた。

「罪・・・?」
「ええ、そうですよ。思い出すと罪の深さに胸が苦しくなります。あなたも堕天使となった僕と一緒に背徳の花園に、行くんでしょう・・・?」

紅い唇が、ゆっくりと名を呼んだ。

「ねぇ・・・。うぃり・・・あむ・・・?」

呆けたように上気した男の口から、一筋涎が滴った。


・・・堕ちた。


*********************************

(´・ω・`)奏:「なんだ、この展開・・・。」

ヾ(。`Д´。)ノ白雪:「もう~!ぼく、雪の中でぐるぐる巻きにされてるし~!」

どうなりますやら・・・

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9 Comments

此花咲耶  

nichika さま

奏はこういう場面は初めてではないのです。
うふふ~、かやさんの写真、素敵でしょう?
わざわざ此花のために、撮り下ろしてくださったのです。しかも、雪の中に新品の靴を投げました。(`・ω・´)まじで。
ご無沙汰しっぱなしなの。お元気かなぁ……

2013/02/04 (Mon) 08:37 | REPLY |   

此花咲耶  

小春さま

小春さま

> 逆手に花?
>
> 逆手で誘惑?
>
> 逆手で???
>
> 良いんじゃない~~~(`・ω・´)ハイ
>
> でもさぁ、奏君の知識じゃこの技無理っぽいのに、
> 良くできています^^

(*⌒∇⌒*)♪案外、これで日本では「鹿鳴館の華」とよばれていましたからね。

楽しみにしててください。

2011/01/24 (Mon) 20:09 | REPLY |   

小春  

奏君!!!

逆手に花?

逆手で誘惑?

逆手で???

良いんじゃない~~~(`・ω・´)ハイ

でもさぁ、奏君の知識じゃこの技無理っぽいのに、
良くできています^^

2011/01/24 (Mon) 19:42 | EDIT | REPLY |   

此花咲耶  

塾長さまっ!(`・ω・´)

塾長さまっ!(`・ω・´)

> ちょっと小悪魔発動中・・・

実は、本性かも・・・

> さてーーーどうなるんだろう?
> 奏の父親はそうだったのか・・・
>
奏のぱぱんは、とても清らかな人でしたので、少しはおじい様に似ているかも知れません。
きっと、本人は祖父に似ているというとすごく嫌がると思います。

> 此花ちん、おぬしもなかな鬼畜よのう・・・
>
男塾で、お勉強させていただいていますから。(*⌒▽⌒*) 今度は、ぞうさんのかきっこ~♪
お客様を満足させられないと、内側を調べられた上きびしいお仕置きが待っている、鈴音たんに比べればうちの子なんて甘やかしすぎです。(`・ω・´)

> 鬼畜だ、いじめっ子だなすりあってる・・・

(´;ω;`)塾長がいじめる~~~。
純情可憐な此花なのに~。←誰~?

コメントありがとうございました。嬉しかったです。(*⌒▽⌒*) ♪

2011/01/19 (Wed) 20:24 | REPLY |   

Rink  

奏さま~

ちょっと小悪魔発動中・・・
さてーーーどうなるんだろう?
奏の父親はそうだったのか・・・

此花ちん、おぬしもなかな鬼畜よのう・・・

鬼畜だ、いじめっ子だなすりあってる・・・

2011/01/19 (Wed) 19:52 | REPLY |   

此花咲耶  

びびさま

びびさま

> 奏は赤毛大男に何処まで許すのでしょうか?

(*⌒∇⌒*)♪身体なんて、減るもんじゃなし~・・・と、言ったら白雪がなくので、オフレコです~。

> 私は思わず逃げて~って叫びましたが、逃げられないと分かるとすぐさま籠絡にかかるところなど、外見に似合わない強さがステキです♡奏~、やるじゃないd(^_^o)
> まさに、内面如夜叉!ですね♡
>
きゃあ。(〃▽〃)おっけぇでしたか?
思ったよりも強く書きすぎたかなと思いました。
見た目は儚いのですが、中身はかなり凶暴なところがあります。じいちゃん譲りかも。(´・ω・`)

> でも、まだ外には仲間が居るみたいだし、白雪さんは転がったまんまだし、奏~、どうするの?!
> このままヤられちゃうの~⁈

頭上から落ちてきた、金たらいを武器に戦うかな~
ヤラれちゃったら、白雪が自分を責めて泣きそうです。
。・゚゚ '゜(*/□\*) '゜゚゚・。←けなげなんです。

コメントありがとうございました、うれしかったです♪

2011/01/19 (Wed) 00:36 | REPLY |   

びび  

強かだったのね、奏ってば…

奏は赤毛大男に何処まで許すのでしょうか?
私は思わず逃げて~って叫びましたが、逃げられないと分かるとすぐさま籠絡にかかるところなど、外見に似合わない強さがステキです♡奏~、やるじゃないd(^_^o)
まさに、内面如夜叉!ですね♡

でも、まだ外には仲間が居るみたいだし、白雪さんは転がったまんまだし、奏~、どうするの?!
このままヤられちゃうの~⁈

2011/01/18 (Tue) 23:32 | EDIT | REPLY |   

此花咲耶  

千菊丸さま

千菊丸さま

> あれ、奏が何か企んでいる・・?

黙ってやられるタイプじゃなかったみたいです。
実はとっても、自尊心が高い奏。!(`・ω・´)どうせなら、かなわぬまでも一糸報います。

> 赤毛男が痛い目に遭いそうだなぁ・・まぁ、それもいいけれど。
> ちょ、奏が怖い・・。

うふふ・・・予想を裏切れるようにがんばります~(*⌒∇⌒*)♪

コメントありがとうございました。うれしかったです~♪

2011/01/18 (Tue) 23:20 | REPLY |   

千菊丸  

レイープシーンかと思いきや・・

あれ、奏が何か企んでいる・・?
赤毛男が痛い目に遭いそうだなぁ・・まぁ、それもいいけれど。
ちょ、奏が怖い・・。

2011/01/18 (Tue) 22:29 | EDIT | REPLY |   

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