続・はつこい 如月奏の憂鬱・8
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「逃げださないように、そっちの扉を押さえろ!」
「見た目に騙されないように、気をつけろよ。」
騒々しい車外の数名の声に、白雪と奏は顔を見合わせ瞬時に身の危険を理解した。
襲われた・・・と。
奏の予期せぬ来客が一名、馬車の扉をガタとこじ開けて入ってきた。
外でもみ合う声などは聞こえなかったから、どうやら、御者はあっという間に逃げてしまったらしい。
もしくは、金を掴まされた同じ穴の狢であったかと思う。
入ってきた男から目を離さず、奏は白雪をかばった。
「・・・白雪、手出しは無用だ。」
「・・・そういうことだな。大人しくしてもらおう。」
白雪はささやかに抵抗を試みようとして敵わず、あっさりと猿轡を咬まされたうえ手を後に回されてしまって、苦痛に顔を歪めていた。
用意周到に縄を巻きつけられ、後頭部をしたたかに殴られた白雪は、瞬く間に気を失って、まるで荷物のように外に放り出された。
白い雪の上に、荷駄のように白雪がもんどりうって転がったのが見えた。
「あぁっ、白雪に何をするっ!」
「怪我をしたくなければ、そのまま大人しくしろ。」
どこかで聞いたことのある声のような、気がした。
奏は、馬車の隅に追い詰められ、顔色をなくしていた。
一体、この暴漢は何が目的なのだ。
金ならば金と告げればよいものを。
声からすると車内に一名、馬車の外に二名だろうか・・・?
冷静に物取りかどうか分析したが、どうやらそうではないようだった。
乗り込んできた男から金を出せとは言われなかったし、元々調達した馬車もわざわざ古いものを頼んだのだ。
理由はわからないが、狙われたのは確かだった。
「いったい何者だ・・・?」
狭い車内の奥に追い込められて、奏はやっと相手の赤毛に気が付き、いつかの見覚えのある学友だと知る。
ごくり・・・と、生唾を飲み込む相手の喉がなった。
じりじりと、足が少しずつにじり寄る。
奏は、観念したように、近距離で相手をじっと見つめた。
「あなたの望みは、なんです?金・・・ではないようですけど。」
白い息を吐いて、招かれざる客が猛寧な下卑た笑みを浮かべると、望みを告げた。
もっと早くに、奏は男の目論見に気が付くべきだった。
「欲しいものがある。親愛なる留学生殿。」
視線がまとわりついた。
「まずは、上着を取ってもらおう。」
「・・・・上着ですか?」
やっと、相手の欲しいものを理解した。
押し黙ったまま悲しげに目を伏せて、奏はわざとゆっくり男の前で見せつけるように、上等のテーラードの襟に手をかけた。
奏の震える指を見て、男の息が上がる。
「そ、その次も・・・。全ての衣類を脱げ。」
ふと、瞼が熱くなる。
何故、こんな所に来てまで、理不尽な暴力に屈せねばならないのだ。
奏は、自分に向けられる邪な視線を捉え・・・密かに、闘う決心をした。
これは、自分を商品にした「取引」だ。
内心に渦巻く怒りを気取られないように、相手を油断させればこちらに勝機はある。
商品を引き渡す前に、さんざん焦らす自信はあったし、馬車の中に相手が一人ということがかえって好都合だった。
こういった場から、口先ひとつで逃げおおせたのも一度や二度ではない。
取り合えずどんな手を使っても、白雪に文句は言われないことだけは確かだった。
・・・何しろ、気を失って外で転がっているのだから。
奏は、自分の容姿を好きではなかったが、世間にどう評価されているか、その視線の意味合いは知っていた。
白い滑らかな陶器の肌を持つこの麗人は、英吉利で「黒真珠の貴人」だの「美貌のヘルマプロデュトス」だの、「黒髪のアンジョ」というふざけたあだ名で呼ばれた。
ヘルマプロデュトス(両性具有の神)に至っては、男子ですらなく不愉快極まりなかった。
ただ、そんな馬鹿げた社交界の会話にうんざりしながらも、奏は、そう呼ぶ相手に艶然と微笑む位はやってのける。
相手の望みどおり、執着のない肉体を与える事など何ともなかったが、支配されることが我慢ならなかった。
どうせなら少しでも高い買い物をさせてやる・・・口角がほんの少し上がった・・・。
「困ったな。冷えて、指先が凍えてしまいました。」
「いつも小姓の白雪がタイを結ぶので、自分ではほどけない・・・んです。」
奏は、穏やかに囁くように誘うように、その言葉を口にした。
「・・・脱がせていただけますか?」
ほうっと霞む息を指先に吹きかけ、嫣然と笑いかけた。
視線を一度絡めたあとは、恥ずかしそうに頬を染めて、視線はふっと床に落としたままだ。
直も、言葉を継いだ。
「これまでにも、あなたには、失礼なことをしてしまいましたけれど・・・別にあなたを嫌いなわけじゃありません。」
「僕は・・・こういうことに・・・その・・・。経験がないので・・・どうしていいかわからなくて。」
赤毛の大男はいとも簡単に、美しい獲物が手に入ったので上機嫌だった。
近寄ると、奏の細い顎に手をかけた。
唇を割っても、しなやかな獲物はほんの少し身じろいだだけで、逃げようとはしなかった。
「もっと早くこうするべきだった。美しい奏。」
甘い口腔を蹂躙し、長い間むさぼった後赤毛の男は有頂天になった。
この先を考えただけで、甘い至福に目がくらみそうだ。
羨望の目で眺めた高嶺で花咲く美貌の東洋人が、今や自分の腕の中で自分を求めている。
煌めく濡れた黒曜石のような瞳に、今にも溢れそうなほど涙を溜めて、奏は限りなくたおやかに見えた。
これまでの反抗的な態度は、ただ初心であったということなのか。
赤毛の大男は、水辺に片足で立つ純白の水鳥のような、眼前の細い青年のシャツに手を掛けボタンを外してゆく。
・・・やがて、手が止まった。
「これは・・・なんだ・・・?この酷い傷は・・・」
驚くのも無理はない。
奏の腰には、見た目からは想像もつかない深い傷があった。
祖父にえぐられた古傷は、癒えたとはいえ肉が削られ、醜い痕になって残っていた。
肩にも、背中にも、奏の身体には、外からは見えないようにいくつも悪魔の刻印が残されている。
なめらかな肌にそぐわぬ傷の惨さと多さに、男は息を呑んだ。
「なぜ、こんな…?白い肌が台無しじゃないか。」
奏はふっと息を飲み込むと、歩を進め男の手を取った。
「すべて・・・爛れた罪の痕ですよ。僕を手に入れたいなら、僕の犯した罪の数を数えればいい。」
かすれた声で上目遣いに誘う奏を前に、男は引きつった笑いを浮かべた。
「罪・・・?」
「ええ、そうですよ。思い出すと罪の深さに胸が苦しくなります。あなたも堕天使となった僕と一緒に背徳の花園に、行くんでしょう・・・?」
紅い唇が、ゆっくりと名を呼んだ。
「ねぇ・・・。うぃり・・・あむ・・・?」
呆けたように上気した男の口から、一筋涎が滴った。
・・・堕ちた。
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(´・ω・`)奏:「なんだ、この展開・・・。」
ヾ(。`Д´。)ノ白雪:「もう~!ぼく、雪の中でぐるぐる巻きにされてるし~!」
どうなりますやら・・・
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