深い森の奥の魔導師・26 【最終話】
ふわふわと柔かい光の玉が揺れながらジェードの上で留まると、ぱんと弾けて光の粒子が全身を包む。
息を詰めて見守る中でエルの祈りは細かな粒子となり、踊るように静かに傷を修復し、やがて最後の光が消える時ジェードは古い肌を脱ぎ捨て新しい姿を手に入れた。
***********************
まるでさなぎが羽化するように、焼けただれて色の変わった表皮が裂けて新しいジェードが生まれてくるのを魔導師達は見つめていた。
焼けて縮んだ黒い皮膚が、ぱりぱりと乾ききって足元に落ち、風に舞った。
ぶんと頭を振れば、金色の髪が流れ、青い細かな鱗が光を弾く。
異質な美しい生き物への畏怖と憧憬に、皆、かける言葉を失っていた。
トモの愛した青い翡翠のジェードは、息をのむほど美しい人型へと変態を遂げていた。
人型の青い竜はどこか頼りなかった幼生を棄て、ついに試練を経て大人の青竜となったのだ。ジェードは使命を果たし、誇らしげにトモの前に立った。
人型のジェードは、トモよりも頭一つ半分くらい背が高い。
じっと見つめられたら、トモの胸の奥で心臓が跳ねた。
「トモ。帰ってきたよ。」
「ジェ・・・ド、うんっ。」
嬉しくて、何とか言葉を発しようとしたが、トモは感激のあまり使い魔の名前すら口には出せなかった。
輝く姿が眩くて、トモは耳まで熱くなる気がしていた。
こみ上げるように喉元から想いが溢れ、声にならないままトモはジェードの足元にしゃがみ込んでしまった。
「トモ。」
「うっ・・・うっ・・・ジェードが帰ってきてくれて…本当に、よか・・・った。」
「炎に包まれたとき、俺も燃えた気がした・・・。」
感極まって涙にくれるトモの背中をやさしく撫でると、そっと手を取り、美しい成竜が最初に出会った森の奥へと曳いた。
激しい戦いが終わり、火に焼かれた魔導師の世界も、穏やかな世界へと移ろうとしている。
戦いが終わった今、多くの使い魔達が進化を遂げ、そこかしこに互いに愛を確かめ合う使い魔と魔導師の寄り添う姿があった。
辺りを見回したトモは、短時間のうちに魔導師の世界が修復されていくのを感じた。
魔界獣たちに踏み荒らされた大地には、浄めのためのユニコーンの遺灰が撒かれ、すでに植物が芽吹き始めていた。
ユニコーンは純潔を愛する神獣だった。
汚れた大地が、空気が・・・瞬く間に清められてゆくのを、魔導師達は肌に触れる大気に感じた。
物語の「初め」へと、世界は回帰する。
ユニコーンの最大の武器となる、緩やかな螺旋を描いた角は、じつはあらゆるこの世の毒を浄化することができる。
瘴気に満ちた濁った湖に、水を飲みに来た一角獣が角を浸しただけで水は清浄となった。
古代竜カーディナルは、魔界に落ちかけたキュラを連れてユニコーンの泉へと入った。
純潔の泉に誘い、忘却の呪文をかけてやるつもりだった。
「ここへ、お座りキュラ。ひどい目にもあっただろうが、すべて過去のことだ。」
「カーディナル。忘却呪文でしたら必要ありません。俺は忘れてはいけないと思うから。」
「キュラ・・・、それでは、思い出すたび辛くなるよ。」
良いんです・・・と、キュラは決意を込めた瞳をカーディナルへと向けた。
「魔導師になれないものは、記憶を抜かれ人間界に捨て子として送られることは、魔導師の世界の掟です。俺は、使い魔を選ぶのに失敗してしまって、魔界に取り込まれかけました。」
「大魔導師オメガにお願いして、人間の世界に送ってもらいます。」
「・・・逞しくなった。」
カーディナルは赤い宝石のような瞳を煌めかせて、キュラに優しい視線を送った。
「トモは、君が居なくなったらずいぶんと悲しむだろう。ジェードも、命をかけて助けた君が魔導師でなくなったらどう思うだろう。」
ごきゅとキュラの喉が鳴り、我慢しきれなくなって声が震えた。
「使い魔ができなかったものは・・・仕方ありません・・・それが、古来からの決め事・・・ひくっ・・・俺が、いけなかった・・・んだ・・・。」
「わたしの名を呼ぶ者になるかい?」
思いがけない申し出にキュラの膝はがくと揺れ、思わずカーディナルに縋ってしまった。
「キュラ。わたしはエルを失って、胸に風穴があいたようように虚しいんだ。風穴を埋める欠片となって、この先定命の尽きるまで、わたしの名を呼ぶ魔導師になるか?」
キュラは夢見心地で、憧れの古代竜の胸に抱かれるとうれし涙に咽んだ。
「嬉しい・・・、ありがとう・・・カーディナル・・・本当に俺でいいの・・・?」
「わたしの中に眠るエルが、喜んでいる。」
「きっと、君にふさわしい魔導師になるよ。俺、がんばるから。」
「大魔導師エルの後継者として、この先はトモと共に決して世界が歪まないように、平らな心と目を持つように。さあ、わたしの名を呼んで御覽。」
キュラは高らかに、新しい使い魔の名を呼んだ。
≪Meus ancient extraho , rutilus jewel(わたしのエンシェントドラゴン・レッドカーディナル)
魔導師の卵キュラは、数十年後にオメガの後継者となり、大魔導師キュラと呼ばれるようになる。
************************
初めての出会いは、苦しむジェードの茨の棘(とげ)を拔いてやったことだった。
知らずに結んだ絆が、いつしか深くなりかけがえのない物になった。
「行こう。大切な誓いを交わそう。古来からの作法に乗っ取って、君に永遠をちかう。」
「ジェード・・・、君は本当に俺の青い竜?何だか、急に大人になってしまって俺はずっと鼓動が速いままだ。」
トモはジェードの水かきのついて腕を取ると、きゅっと自分の胸に押し当てた。
「ああ。トモ・・・わたしもそうだ。新しい姿をちゃんと見て。」
トモはそっと手を伸ばし、誓い合った者以外決して触ることを許されない、ジェードの禁断の逆鱗に触れた。
そこに触れていいのは、身体をつないだ相手だけだった。
トモの柔らかな場所に、そっとジェードは身体を沈めた。
ジェードの身体を覆う粘液が、腿を伝うのを感じる。
トモは力を抜いてふっと息を吐き、ジェードの青い翡翠の瞳の虹彩が満足げに細くなった。
一瞬ジェードの身体がくっと強張り、トモは内部が温かく満たされてゆくのを感じていた。
意識が七色の彩雲の向こうに飛翔する。
今はない優雅な魔導師の言葉が、水平線で木魂した。
≪とうとう比翼の鳥になれたね・・・一つの顔に、一つの翼をもつ雌雄の鳥は常に二体で飛ぶんだ。欠けることなく永遠に・・・≫
トモはジェードの腕に巻き込まれ、厚い胸に頭を預けた。
「ドラゴンの体温って、魔導師よりも高いんだね。」
「ほかのドラゴンは、知らない。」
「ずっとジェードだけだ。この瞳は俺の青い竜の持つ翡翠だ。」
「俺の名を呼んで。古代から伝わる契約の名を。」
トモは万感の思いを込めて、愛する竜の名を呼んだ。
≪Meus ancient extraho , puteulanus jade(わたしのエンシェントドラゴン青い翡翠)≫
≪Acsi vita runs sicco , diligo persevere forever(命はつきても永遠に愛は続く)≫
深い森の奥の魔導師 ―完―
****************************
。・゚゚ '゜(*/▽\*) '゜゚゚・。トモ:「ジェード!見ちゃやだ・・・」
!(`・ω・´)カーディナル:「やっと、体つないだ。」
(´;ω;`) トモ:「うん、これからもずっと一緒だね・・・。」
※携帯からは、両方とも一番下にスクロールして「PC向けのページ」を押して「決定」で完了になるそうです。
よろしくお願いします。(〃ー〃)今頃~・・・
なんだか、「朝ちゅん」っぽい感じです。←昨日、習った新しい単語。「朝ちゅん」は、がっかりと同意語みたいです。ファンタジーだもん。(*⌒▽⌒*)♪
ランキングに参加しております。
応援していただけたら嬉しいです。此花
- 関連記事
-
- 深い森の奥の魔導師・26 【最終話】 (2011/02/18)
- 深い森の奥の魔導師・25 (2011/02/17)
- 深い森の奥の魔導師・24 (2011/02/16)
- 深い森の奥の魔導師・23 (2011/02/15)
- 深い森の奥の魔導師・22 (2011/02/14)
- 深い森の奥の魔導師・21 (2011/02/07)
- 深い森の奥の魔導師・20 (2011/02/04)
- 深い森の奥の魔導師・19 (2011/02/03)
- 深い森の奥の魔導師・18 (2011/02/02)
- 深い森の奥の魔導師・17 (2011/02/01)
- 深い森の奥の魔導師・16 (2011/01/31)
- 深い森の奥の魔導師・15 (2011/01/30)
- 深い森の奥の魔導師・14【R-18】 (2011/01/28)
- 深い森の奥の魔導師・13 (2011/01/27)
- 深い森の奥の魔導師・12 (2011/01/26)